(13)
「さ、ユウト様。その子をこちらに」
と、手を差し伸べるリゼット。
やや不安ではあるが、いつまでもセフィーゼのことばかりかまっていられない。
あとで時間が空いたら様子を見に行くとして、今はリゼットにお願いするしかないだろう。
「それでは私はこれで。地下までこの娘を運んでいきますわね」
リゼットはひょいとセフィーゼを抱きかかえ、そのままスキップするような軽い足取りで執務室を出て行った。
しかしその直後、僕は大事なことを思い出し、つい叫んでしまった。
「あ、そういえばっ! 男爵様、うっかりしていました」
「何よユウちゃん、突然大きな声出して」
「あの、セフィーゼの魔法のことです! 彼女が目覚める前にの風魔法を封じておかないとまずいと思うんです。僕に対してはセフィーゼは一応従順でしたが、この先万が一ということがありますから――」
「ああ、それならユウちゃん安心して。あのね、こういう時のために地下牢は囚人が簡単に魔法が使えないよう対策がちゃんと施してあるから」
「本当ですか? ああ、よかった」
僕は胸を撫でおろして言った。
「さすがは男爵様ですね」
「お世辞はいいから。常識よ常識。――で、そんなことよりさ」
と、男爵は突然頭に手をやり、髪をくしゃくしゃっとした。
「この先のことを考えると頭痛が止まらないの。事態は予想以上に深刻!」
「はあ……。それはそうかもしれませんが、しかし希望はあるのではないでしょうか? しばらくの間、王都から援軍が来るまでこの城にこもってひたすら耐えればいいのですから」
「ええ、それはその通り。――でもね、問題は兵站なのよ、兵站! 前にも言ったかもしれないけど、なにしろ普段は百人そこらだった兵士の数が一気に二十倍以上に膨れ上がてしまったでしょう? 食料の消費量が半端なくて――そうねえ、このままだとお城に備蓄した食料はあと二日と持たないわ」
腹が減っては戦はできぬということか。
確かにそれはまずいかもしれない。
「戦争の勝敗を決めるのは補給にあるといっても過言ではないのに大ピンチよ。そこをおろそかにするなんて、アタシとしたことが一生の不覚!」
「ですが男爵様、それは致し方ないと思います。まさかロードラントの最果ての地にあるこの城が敵に囲まれるなんて誰にも予測できませんよ」
「ユウちゃん、それじゃ駄目なのよ。戦争ってそんなことでは絶対に勝てないから。――とはいえ、なぐさめてくれてありがとう。大丈夫、補給に関してはアタシが何とかするからそれ以上心配しないで。それよりあなたに頼みたいのは、これから出るであろう負傷者の治療のことよ。城の一角を急きょ野戦病院に作り替えるから、そこを仕切ってほしいの」
「え、僕がですか?」
「そうよ。でもあなた一人に大変な役目を押し付ける気はないわ。――あら?」
と、その時、誰かが廊下から執務室のドアをノックした。
「グッドタイミングね。いいわ、中に入って、シスターマリアさん」
「失礼いたします」
そこに現れたのは、ずっと女騎士ティルファに付き添っていた、紫の髪を持つ美しきシスター、マリアだった。
「お呼びでしょうか、男爵様」
シスターマリアは聖女のオーラを発散させながら、しずしず執務室の中に入ってくる。
「わざわざ呼びつけて済まないわね、シスター。で、早速お願いがあるんだけれど――」
「男爵様、要件は察しがついております。これから始まる戦いに備え、負傷した方々を受け入れる態勢を急ぎ整えてほしい――そういうことではごさいませんか?」
「さすがシスター、その通りよ。あなたにはここにいるユウちゃんと組んで、負傷者の治療を是非お願いしたいの。本当は聖職者であるあなたを戦いに巻き込みたくはないのだけれど……」
「男爵様、お気遣いには及びません。わたくしが軍に同行した目的は戦いで傷ついたみなさんの面倒を見るため。そしてそこにユウト様が加わってくださるのなら、まさに天佑神助。神のおぼし召しですわ」
「ありがと! ユウちゃんもそれでいい?」
本当なら今すぐにでもリナのところへ飛んでいきたいが、この状況で断れるはずもない。
それに今回はシスターマリアという心強い回復要員がいてくれるのだ。
協力して負傷者の治癒に当たり、戦闘がひと段落したら、彼女に事情を打ち明け、城を抜け出すことができるかもしれない。
「ええ、了解しました」
と、僕はうなずいた。
「じゃあ二人とも急いで頼むわね」
男爵が僕とシスターの肩に手を置いた。
「 あ、当然のことかもだけど城の施設を自由に使ってね。それと物資だけでなく人員――メイドたちにもあなたたちに最大限協力するよう伝えておくから。 ――あらッ!!」
と、その時、突然「ドン、ドン」と大きな衝撃音が連続して響いた。
今までは静寂は嵐の前の静けさだったのか、聞き覚えのあるこの音は――
「どうやら始まったようね」
と、男爵が顔をしかめる。
「あれはきっと投石機を使って石をブン投げている音だわね。でも大丈夫。この城は高い城。そう簡単には防御を崩せないから」
そうか。
セルジュが単独でワイバーンを使い真っ先に上空から攻撃を仕掛けてきたのは、おそらく普通の方法ではデュロワ城の城壁を破壊できないと踏んだからだろう。
それだけこの城の守りは固いに違いない。
「さあ参りましょう、ユウト様」
と、シスターマリアが言った。
「この戦いおそらく今までにない激しものになるでしょう。それだけ多くの方が傷つくに違いありません。及ばずながらも、そんな方々を一人でも多く救うことが神が私に与えし使命なのです。ですからユウト様もどうかご助力ください」
「は、はい」
シスターの聖職者の威厳と高邁な志に圧倒されながら、僕は彼女とともに執務室を出た。
すると、投石の音に加え、人間の怒声と獣の咆哮が入り混じった、激しくうねるような雄叫びが外から聞こえてきた。
ついに始まった。
数万のコボルト兵と数千のイーザ騎兵の連合軍が、デュロワ城に一斉に攻撃を開始したのだ。
この一気呵成に城を攻め落とそうとする感じ――その様子は見えずとも、どうやら二つの軍はそれなりに連携と統制は取れているらしいことぐらいは分かる。
最後に生き残るのは、僕らか、あるいは彼らか――