(11)
「……ユウト」
と、セフィーゼが小声で囁く。
「え……?」
「……ユウト、また助けてくれたんだね」
「まあ、一応そうだけど……」
「……ありがとう……私、うれしかった」
セフィーゼのその言葉は真実。
そこにはもう、恨みや憎しみは微塵にも感じられない。
それでも意外な気がして、首を曲げてセフィーゼの顔をちらりとうかがってみる。
すると、まぶたを閉じたままセフィーゼの瞳から、涙がきらりとこぼれ落ちるのが見えた。
「……セフィーゼもういいから、少し休んでなよ」
「……うん、そうするね」
僕におんぶされたまま、セフィーゼは安心しきった表情をして、またスッと寝入ってしまった。
その姿はまるっきり純粋に幼く、さっきまで人を殺しまくっていた狂気の魔法少女にはとても見えなかった。
いくら大きな罪を犯したとはいえ、こんな弱り切った状態のセフィーゼを、このまま死刑の日まで暗い地下牢に閉じ込めてしまうというのはどうなんだ?
まだ未成年だし、情状の余地はあるだろうに……。
そう思うと、ますます心苦しくなる。
でも、だからといって今の自分の立場ではセフィーゼをどうすることもできないのだ。
何の解決策を見つけられず、懊悩しながら、僕はグリモ男爵のいる執務室を探し歩いた。
と、その時、廊下の先の方から、若くて色っぽい女の人に声がした。
「あらあユウト様じゃないですかぁ? こんなところで如何なさいました?」
「あ! リゼットさん」
声をかけてきたのは、ロゼットリゼットミュゼットの美人男の娘三姉妹(?)の次女、僕をからかい半分で誘惑してきた巨乳メイドのリゼットだった。
リゼットはやや前かがみになって、わざと襟の空いたメイド服から白い胸の谷間をのぞかせながら、こちらへ歩いてくる。
しかしこのメイドさん、本当は男なのに、なんでこんなに素晴らしい胸を持っているのだろう?
偽乳には見えないし――もしかしたら、この異世界にも豊胸手術のような美容整形術があるのだろうか?
「まぁユウトさんらったら、どうしちゃったんですか?」
と、リゼットは僕の前で立ち止まり、目を細めて言った。
「こーんなにカワいくてキュートな女の子をおんぶしちゃって」
たぶんリゼットはずっと城内にいて、さっきの中庭の騒動を知らないのだろう。
だからこんな風に、気軽にセフィーゼに近づけるのだ。
「あらぁ! この娘、泣いている! でも、なんて美しいティアーなんでしょう。まあるで真珠みたい。もったいなさすぎるわ」
いったいどうするのかと思ったら、リゼットはいきなり人差し指を伸ばし、セフィーゼの頬に伝わる透んだ涙を一粒、すくい取った。
それからその指を口元に運び、ピンク色の唇で涙を舐め取ってしまったのだ。
「な、なにすんですかリゼットさん!」
「ああ……美・味・し・い♡」
リゼットは恍惚とした表情を浮かべ、つぶやいた。
その声と仕草はそこはかとなく淫靡で、見ているだけでドキリとしてしまう。
いかんいかん――!
「あ、あの、リゼットさん、この状況でふざけるのは止めてください!」
リゼットのペースに巻き込まれまいと、僕は大声で言った。
「それより男爵様の執務室はどこにあるのでしょうか? さっきからずっと探しているのですが」
「ふざける? ウフフ、ワタシはいつでも大真面目ですけれど――」
と、リゼットは口に手を当てていたずらっぽく笑った。
「それはともかくとしてぇ、男爵様の執務室ですね。それなら私がすぐにご案内しますわ。そのかわいらしい客人様と一緒に参りましょう」
やれやれ――
ただでさえ神経がすり減っているのに、その上リゼットの相手なんてしていられない。
僕はこれ以上何もしゃべるまいと口をつぐんで、セフィーゼを背負ったままリゼットについて行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あーもう、やんなっちゃう。困った、困ったわ!!」
リゼットに案内された広い執務室。
その真ん中に置かれたデスクの上で、男爵は頭を抱えていた。