(4)
とりあえずここまでは作戦通り。
後はクロードの元へセフィーゼを導いてやるだけ。
なのだが、ここへ来て一つどうしても気になることがあった。
それは、暴走するセフィーゼを、クロードがいったいどんな魔法を使ってつかまえるかというもっとも重要な点だ。
クロードが得意とするのは僕と同じく白魔法で、用心怠らないセフィーゼにはまず通用しないだろう。
殺す覚悟をしたうえ力で抑え込むならともかく、今のセフィーゼを傷つけずに捕えることなど、到底不可能なことのように思えるのだ。
とはいえ、他に有効な作戦が思い浮かぶわけでもない。
僕は不安をぬぐえないまま走りに走って、クロードが先回りしているデュロワ城別館と城壁の間にある芝生地に着いた。
この先は行き止まりでどこにも逃げ道はない。けれど――
あ、あれ!?
アリスがいる。
そこで待っているのはてっきりクロードだけかと思っていた。
が、アリスとマティアスの二人がセフィーゼを待ち構えるように、突き当りの壁の前に堂々と並んで立っていたのだ。
どうせアリスが我がまま言ってクロードについてきたのだろうけど、よりによってこんな危険な袋小路に……。
セフィーゼと戦って、もしアリスの身に何かあったらどうするんだ!?
「ユウト君、ご苦労さまです。どうやらうまくいったようですね」
ところがクロードはそんなこと気に留める様子もなく、僕に優しく声をかけてきた。
すぐそこまで殺気をみなぎらせたセフィーゼが迫っているというのに、えらい余裕だ。
「あの、そんなことよりっ!」
僕はたまらず叫んだ。
「今のセフィーゼは、触るものすべてを傷つけかねない危険な状態です。いくらなんでも、アリス様は安全な場所におられた方がよいかと――」
「何を言う、ユウト!」
が、案の定、アリスは即刻僕の忠告を却下したのだった。
「私もロードラントの旗手として、セフィーゼと一度は剣を交えた間柄。最後までキチンと決着を見届ける権利と義務がある!」
またしても頑固モードに入ってしまったアリス。
横にいるマティアスも完全に諦めたのか、ゲッソリとした顔をして何も言わない。
今さらもう逃がす時間はないか――
と、ため息をついていると、背後から弾むような声が聞こえた。
「ああ――アリス!! アリス王女じゃない!!!」
振り向くとそこには、小躍りして叫ぶセフィーゼがいた。
まさかいきなりアリスが出てくるとは、セフィーゼも予想だにしていなかったのだろう。
満面の笑みを浮かべ喜んでいる。
「このお城に隠れているのは知ってたけれど、ユウトと雁首揃えて私の前に現れるなんてくれるなんて!! なんて、なんておバカさんなの!!」
「久しぶりだな、セフィーゼ! 元気そうで何よりだ」
が、そう答えるアリスの瞳もやたら怖い。
「それにしても、私のいないところでずいぶん好き勝手やってくれたようだな」
「え、好き勝手――? 私をただロードラントと戦争をしているだけだけど。それが何か?」
「恥ずかしげもなくそこまで開き直るのか。ならば今さら何をか言わんや」
そう吐き捨てるアリスの顔に、ありありと嫌悪が浮かぶ。
「ただしお前が約束を守らない卑怯者だということだけは、私のこの胸に深く刻みこまれたぞ」
「へえー、そう。……でもね、ロードラントのおえらい王女様がどう感じようと私の知ったこっちゃないわ」
セフィーゼはわざとらしく肩をすくめる。
「つまりね、戦争なんて勝つか負けるか、殺すか殺されるかの世界なんだからそこに卑怯も悪もないの。この間のデュエルのとき王女様は私をいろいろ問い詰めてくれたけれどさ、それが最終的にたどりついた私の結論だよ」
「フンッ、知ったような口をききおって。笑止千万! やはりお前は救いがたい奴だ。共に決闘を戦ったがヘクター将軍も今ごろさぞや嘆き悲しんでることだろう」
「ヘクター? ヘクターならケガをして休んでいるわ」
その名を口にして、セフィーゼの表情がわずかに陰る。
「でもね、もうヘクターなんて関係ない。私は私の意志で動くんだから」
「そうか、怪我か……常にお前の傍にいたヘクターがいないのはおかしいとは思ったが、道理でな。お目付け役がいなくなったせいでお前のタガが大きく外れてしまったのか」
「あーごちゃごちゃうるさいなあ! もう御託はたくさん、そろそろ終わりにしようよ。全部、ぜーんぶね!」
セフィーゼはそうわめくと、体内の魔力を再び引き上げ始めた。
「ねえ見える? この世で最強の私の魔力のオーラが。地獄に行く前によく目に焼き付けておきなよ。苦しむ暇もないくらい、みんなまとめて一瞬で葬ってあげるから――」
セフィーゼが全身全霊を傾け魔法を唱えようとしたその時。
ついにと言うべきか、クロードが前に出て叫んだ。
「そこまでです!!」
「なによあんた」
セフィーゼがクロードをにらんで言う。
「見慣れない顔だけどさ、邪魔しないでくれる?」」
「私はロードラント王国が王の騎士団の一員、クロードと言うもの。――セフィーゼさん、あなたの風魔法はすでに十分堪能させていただきました。しかし少々いたずらが過ぎましたね」
「いたずらって……。ずいぶん失礼ね! 私は本気よ! すっと本気で戦ってきたの!!」
と、火に油を注がれたようにセフィーゼが怒り出す。
「あんたさ、ずいぶん丁寧な物言いだけど結局王女のしもべなわけでしょう? だったら悪いけど生かしちゃおけない。――私の風魔法を堪能したって? ううん、まだ全然足りない。今からもっともっとじっくり味あわせてあげる」
「セフィーゼさん、いいから少し頭を冷やしなさい。よろしいですか? あなたの魔法は確かに凄まじく強い。けれど、あなた自身は悲しいくらい脆い、脆すぎる!」
「はぁ――!?」
「すなわち、あなたは魔法を操っているのではなく魔法に操られているのです。私が今からそれを思い知らせてあげますよ」
クロードはそう言うと、すっと屈んで地面に手をつき、呪文を唱えた。
「幻影結界――!!」
すると、今まで青く晴れていた空が突然薄暗くなった。
そして、ちょうど僕たちとセフィーゼをすっぽり覆うように、辺り一帯が不思議な藤色の光に包み込まれたのだ。
セフィーゼの顔が恐怖のあまり大きく歪んだのは、その直後のことだった。