(9)
前回の決闘の結果地の底まで落ちたセフィーゼの魔力と気力は、今や完全に復活を遂げたようだ。
しかし「死ね死ね」というそのハイテンションで不穏な叫びは、セフィーゼが再び我を失い、暴走する兆しにしか見えなかった。
『ミストラル――!!!』
十二分に魔力をタメたセフィーゼが呪文を唱えると、『ミストラル』の竜巻がミュゼットから離れた。
竜巻が、虹色の渦を巻きながらデュロワ城の城壁に一気に近づいてくる。
「やばいぞ、全員かがんで何かにつかまれ――!」
エリックが守備兵たちに呼びかけるが、風の唸る音でほとんど聞き取れない。
と、そこへ竜巻が突っ込っんできて、モロに城壁とぶつかった。
その瞬間、僕たちは猛烈な勢いで吹き上がってくる風にさらされた。
みんな身を低くして必死に壁やら砲台にしがみつくが、それでも一瞬、体が風に流され浮き上がるような感覚がした。
だが幸いにも、『ミストラル』の竜巻は、高さ数十メートルを誇るデュロワ城の城壁を越えられなかったようだ。
さらに、分厚い石造りの壁がその威力をほとんど削いでくれたため、僕たちは全員空に吹き飛ばされずに済んだ。
「危ねえ危ねえ。しかし、あの魔法、なんちゅー威力だよ」
エリックが城壁の下を覗き込んで言った。
「おい、今の竜巻のおかげで壁が大きくえぐれちまってるぜ」
縁から顔を出してみると、確かに竜巻とぶつかった衝撃で城壁は予想以上に凹んでいた。
つまり、その部分はもうかなり脆くなっているはずで、集中して攻撃されれば簡単に突破されかねないだろう。
いや、むしろミュゼットの狙いはそこなのかも――
と、多分同じことを思ったエリックと顔を身わせた時、背後から美しい声がした。
「奴ら、やはり現れたか。――が、これだけの数が揃うと中々壮観ではあるな」
アリス王女だ。
アリスはいつの間にかドレスを脱ぎ銀の胸当てを身に付けそこに立ち、城の周りを取り囲みつつある、無数の敵を見まわしていた。
そしてその後ろには、渋面を作ったマティアスと、澄ました顔のクロードがいた。
クロードはさっきまで妹のティルファと二人で部屋でしけこんで(?)いたはずだが、さすがにこの騒ぎに気付いて外に出てきたのだろう。
「今の魔法を放ったのは――案の定セフィーゼか」
と、アリスは目を細め、遠くを見つめて言った。
「セフィーゼめ、まさか一度ならず二度までも約束を違えるとはな」
「アリス様……」
僕は立ち上がり、アリスのそばに寄った。
「ユウト、どうやらお前がセフィーゼにかけた情けは残念ながらまったく無駄だったようだな」
と、アリスは僕を見て言った。
「……はい」
「が、こうなった以上、あの少女にもそれなりの覚悟はあるのだろう。――セフィーゼ、もはや死は免れんぞ」
と言うアリスの声は、ぞっとするほど冷酷だった。
今のアリスは普段とは違う、絶対的な王の仮面をかぶっている感じだ。
「ユウト、見よ――」
と、アリスが続けて言った。
「セフィーゼがこちらに向かってくるぞ」
「えっ!?」
驚いたことに、魔法を唱え終わったセフィーゼは馬に飛び乗ると、全速力で城に突撃を開始したのだ。
その後に他のイーザ騎兵が急ぎ続くが、追いつくことはできず、セフィーゼはほぼ単騎の状態だ。
「セフィーゼ……血に飢え血に迷い、ついに気がふれたか」
常軌を逸したセフィーゼの姿を見て、アリスがつぶやく。