(6)
「いきましょう、男爵! 打ち合わせ通り、まずは一番左のワイバーンから順に狙っていきます」
僕は男爵に声をかけると、男爵が嬌声を上げ、兵士たちに向かって叫ぶ。
「ユウちゃん、待ってました! ――さあ、砲手! 撃ってちょうだい! ファイアーキャノンよ!!!」
男爵の命令を受け、城壁の左端に位置する砲台の砲手が導火線に火をつける。
すると、その火は瞬く間に砲身の底に込められた火薬に伝わり、「ズドンッ」と腹の底に響くような爆発音が周囲に鳴り響いた。
同時に、火薬の爆発エネルギーによって、広い空に向かって大砲の砲腔から鉄の砲弾が勢いよく打ち出された。
ただ、やはり大砲という火器はあくまで地上の敵を打ち払うためのもの。
このまま何もしなければ、砲弾は到底ワイバーンには届かない。
緩い放物線を描いて飛びながら失速し、最後には地面に大きな穴を開けるだけで終わってしまうだろう。
しかし、そうなる前に僕たちが魔法を使うタイミングは十分あった。
「ミュゼット! 頼む!」
僕はミュゼットに向かって叫んだ。
「まかせてっ!」
弾む声で返事をしたミュゼットは、この時とばかり呪文を唱えた。
『フレイムショットーー!!』
それは言うまでもなくハイオークを倒す際に散々活用した炎の魔法――
だが、今回は空の敵=ワイバーンが標的ではない。
ミュゼットは空を飛ぶ砲弾を目がけて、突き出した指先から炎の弾丸を高速で撃ったのだ。
もちろん狙いも正確。
『フレイムショット』の火球はあっという間に大砲の砲弾に追いつき命中、砲弾はたちまち高温の炎に包まれ熱く燃えたぎる。
「すごい ! ミュゼット!」
僕は思わず叫んだ。
「後ろから当てたからスピードも増してる!」
「へへーん、こんなの朝飯前だよ」
ミュゼットは鼻をこすりながら言った。
「もっとも、ボクじゃなきゃできない芸当かもしれないけどさ」
火薬の燃焼エネルギーと魔法のエネルギーが合わさり、一つのベクトルとなって空を切り裂く砲弾。
その様子はまるで、煮えたぎる火山の火口から噴射された火山弾のようだった。
とはいえ、それでもワイバーンを倒すには高度も飛距離も全然足りない。
そこで僕の魔法の出番だ。
「ユウ兄ちゃん! 今だよ!!」
ここで失敗は許されない。
ミュゼットの呼びかけにうなずき返した僕は、一瞬目を閉じ、心を落ち着け魔法を唱えた。
『エイム――!!』
この魔法は本来、矢の命中率を上げるための呪文なのだろうが、飛び道具なら何にでも応用が利く。
ドロドロに熱くなった砲弾は『エイム』の効果を受けて、弾道が一気に上昇し、威力もさらに増した。
すべては計算通り。
灼熱の砲弾は、ワイバーン十体のうち、もっとも左の一体に向かって超高速で飛んでいく。
「オイオイオイオイ! マジかよっ!!」
と、その光景を見たセルジュが悲痛な声を上げたその瞬間――
「ボシュッ!!」
何とも表現しがたい被弾音がして、砲弾はワイバーンの黒い鱗を突き抜け、その胴体にぽっかりと穴が開いた。
いかにワイバーンが鋼鉄の体を持っていようとも、僕とミュゼットの魔法で強化された砲弾の威力にはかなわなかったのだ。
「きゃー!! やったわ!! ど真ん中にタマタマが命中したわよ。この調子でどんどんイきましょう!」
撃ちこまれた砲弾によって体内から炎が上がり、大空から垂直に地面に落下していくワイバーンを見て、男爵がはしゃぎまくる。
「ほんと最っ高! ユウ兄ちゃんとボクとの初めての共同作業、大成功だね!」
一方ミュゼットは、結婚披露宴のケーキカットのようなセリフを吐きながら、僕に体を寄せてきた。
「ちょっとちょっと、男爵様、ミュゼット、まだ喜ぶのは早すぎますよ!」
と、浮かれる二人を僕はたしなめて言った。
「まだ残り9体もいるんですから。あ、そうは言ってもある程度間隔を開け、一発ずつお願いしますね。タマタマと連続じゃあ困ります」
「んもう、ユウちゃんったら、冗談よ冗談! ――じゃあ砲手のみなさん、作戦通り順繰りにタマ撃ちお願いね!」
男爵が調子よく叫ぶと、砲弾を撃ち終えた大砲のすぐ右隣の砲の砲手が導火線に着火した。
ここで肝心なのは、いっぺんに大砲を発射させないこと。
なぜなら例え僕やミュゼットであっても、何発もの弾に対して同時に魔法をかけることは、極めて難しいからだ。
が、その点は前もって男爵だけでなく、砲手にも伝えてあった。
なのでワイバーンが迫ってきているとはいえ、二発目の砲弾も「ドンッ」と単発で撃ち出された。
後はさっきと同じ手順――
つまりミュゼットが『フレイムショット』を砲弾に当てた後、僕が『エイム』の魔法でワイバーンにそれを命中させるだけだ。
「おい止めろ!! ふざけんな、バカバカバカ!!」
自慢のワイバーンが立て続けに二体やられ、パニックに陥るセルジュ。
しかし、こちらだって容赦はしない。
続けて三発目、四発目――と、一定間隔で大砲を発射し、ほとんど流れ作業のようにワイバーンを撃ち落としていく。
「おまえら何してんだよ! 早く! 早くその岩をこいつらにぶつてしまえ!」
癇癪を起こしたセルジュが、ワイバーンに向かってわめく。
が、ひずめに抱えた巨岩のせいで、ワイバーンのスピードは一向に上がらない。
ということはこの場合、まずはワイバーンに石を捨てさせ、身軽になったところで僕たちを襲わせればいいだろう。
その当たり前の判断ができないのは、ませてはいても、やはりセルジュは所詮子供なのだろうか?
そして結局、僕たちは魔法の砲弾で八体までワイバーンを倒した。
セルジュの乗るワイバーンを除けば残りは二体。
ここまでは割とあっけない展開だ。
が、しかし――
ここは地獄の異世界戦場。そうやすやすと勝利できるはずもなかった。