(1)
「なんてこと!」
廊下に響くエリックの叫び声を聞いて、男爵の顔色がさらに悪くなった。
「いずれこの城の場所を嗅ぎ付けてくるとは思ったけれど、まさかこんなに早いなんて!」
男爵の言う通り、このデュロワ城は、王国領土の最果ての誰からも忘れられたような地に建つ古城、廃城だ。
こんな人里離れた辺鄙な所にアリスが逃げ込んだことを、敵はどうやって察知したのだろうか?
「男爵様! ユウト! どこだ!」
「エリック! 僕たちはここに――」
エリックの呼びかけに返事をし、ドアを開けようとノブに手を伸ばしたその瞬間――
いきなり「ドーンッ」という大きな音がして、僕の声はかき消され、壁と天井にビリビリと振動が走った。
な、なんだ!?
この衝撃は!
「ユウちゃん、上よ! 上!」
男爵が上目づかいに、天をゆび指す。
「あの兄妹の問題はひとまず置いておいて、急ぐわよ!」
「は、はい!」
僕と男爵が部屋を飛び出すと、廊下の向こうにエリックが見えた。
すでに完全武装の出で立ちで、いつでも戦える態勢だ。
きっと僕が休んでいる間も、ずっと敵が来るのを警戒して城の警護に当たっていたに違いない。
「おお、ユウト、そこにいたのか! 男爵様も!」
万を超える敵――コボルト兵やハイオークに囲まれても大して動じなかったエリックも、今は違った。
額に汗をかき、息は激しく乱れている。
やはり、かなりの緊急事態のようだ。
「エリック、このおっきな音と震えはいったい何事!?」
と、男爵が訊く。
「グリモ男爵様! 男爵様の予言通りの敵襲ですぜ! ただし空です、空からいきなり厄介な奴らが襲ってきやがった! こいつは一筋縄ではいかねえ!」
「空からって――んー、それはまずいわね」
「ええ、いくらこの城が頑丈といっても、上から攻められちゃあひとたまりもありません」
「分かった、何とか急いで対処法を考える。――とにかくありがとう、エリック。やっぱり私の見込んだ通り、アナタ頼りになるわ」
「いいえ、男爵様。私はお言いつけ通り、真っ先に報告に参っただけですよ」
この二人の息の合った様子――
どうやら男爵とエリックは、僕が眠っている間にずいぶん親しくなっていたらしい。
しかし、単なる兵士であるエリックに目をかけるとはさすが男爵。
男を見る目は一級だ。
「ねえ、ユウちゃん!」
と、そこで男爵が突然、僕の両肩に手を置いて言った。
「このままだと危いわ。戦いはアタシたち大人に任せて、ユウちゃんはアリス様を連れてお城の地下へ退避なさい。――大丈夫、数は少ないとはいえ、竜騎士と城詰めの兵士たちがいるんだもの。みんなにも頑張ってもらうわ」
「……男爵様」
「あら、なに?」
「男爵様は本当に、僕が素直に言うことを聞いて地下に潜るとお思いですか?」
「それは――」
男爵は何か言いかけて、ふっと笑った。
「そうだったわね。あなたがそんなことするわけない。一緒に戦うって言うに決まっている」
「おっしゃる通りです!」
僕は力強くうなずいた。
「クセのある敵であればあるほど、きっと僕の魔法が役立ちますよ」
リナのことはもちろん一番の気がかりだが、今はそのことばかり考えているわけにはいかない。
ここはみんなで一致団結して、敵の攻撃を少しでも早く退ける。
リナを魔女ヒルダの魔の手から救い出すのはそれからだ。