(17)
「ヤダ! ユウちゃん声が大きいわよ! いくら壁が厚いからと言って、隣に聞こえちゃったらどーすんのよ」
と、男爵が青ざめた顔で言う。
「うわわ、すみません」
僕は慌てて小声で謝った。
といっても、今の男爵の話をそのまま鵜呑みにしたわけでない。
むしろ、まったく信じられない。
なので僕は、作り笑いをして否定した。
「でも男爵様、いくらなでもそれはないと思いますよ。――うん、ないです、ないです。あるいは衛兵さんが見間違えたのかもしれませんよ。それとも僕をからかって、冗談を言ってるんですか? やだなあ、男爵様もお人が悪い」
「あらま! あのね、ユウちゃん。アタシがそんな悪趣味なウソをつくわけないじゃない。もう、見損なわないでよ!」
「はあ、そうですか……」
男爵の場合、悪趣味というよりお下劣という言葉の方がお似合いな気がする――
と思ったが、男爵がいつになく真剣な顔をしているので、僕はそれ以上何も言わなかった。
「それにね、衛兵だって決して見間違ったわけじゃないと思うの。だって私のアッチの方のレーダーもビンビン反応しているもの――あの兄妹、デキてるってね」
「いやあ、まさか……」
「そのまさかなのよ! あんなにボロボロだったティルファがいきなり立ち直ることができたのも、恋人でもある兄クロードと再会して身も心も慰められたから――そう考えると合点がいくでしょう?」
言われてみれば、確かにそうかもしれないが――
しかし、そんな現実世界のエロマンガのような禁断の関係が本当に存在するのだろうか?
「あ! もしかしたら……」
僕は、ふと思いついたことを口に出した。
「クロード様とティルファ様は義理の兄妹なんじゃないでしょうか? それなら恋愛関係になっても不思議じゃありませんよね?」
「残念ながらそれはないわね。二人は正真正銘、実の兄と妹よ。ロードラント王国内でも有名な名門貴族ロレーヌ家のご子息、ご息女なんだから間違いないわ」
「そうなんですか……。でも、あの、その――」
「あら、何よユウちゃん? その奥歯に物が挟まったような言い方」
「……男爵様は前々からおっしゃってたじゃないですか。恋愛にはどんなタブーもない、老いも若きも男も女も関係ない。自由だからこそ素晴らしいと」
「ええ、それが私の信念よ」
男爵が揺るぎない感じにうなずいたので、僕は即、ツッコミを入れた。
「ということはですよ、その理屈でいけば――たとえ実の兄妹が恋仲になったとしても、そこに愛がある以上何の問題も起こらないんじゃないんですか?」
「まあ! それとこれとは話が別よ!」
僕の言葉を聞いて、男爵の血相が変わる。
「いい? アナタは知らないかもしれないけれど、このロードラント王国で万が一でも兄妹で情交――つまりエッチなことしたのがバレたら、下手すりゃ二人とも極刑――つまり死罪なのよ、死罪!」
「えーーーっ! そんなバカな! それぐらいで死刑だなんて、いくらなんでも酷いんじゃないですか!」
「んもうユウちゃんったら、また大声出して! ――まあ驚くなって言う方が無理かもしれないけどさ。けれど、これにはちゃんとした理由があるのよ」
「理由、ですか?」
「そう。それはあまりに遠い過去の話で、今では半ば伝説になっているお話なんだけれど……昔々、ロードラント王室に三人の兄-----妹――二人の兄に一人の妹が生まれたの。で、いろんなエピソードがあって、やがて兄たちは神をも倒せるぐらい逞しく、また妹は悪魔を魅了させるほど美しく成長したの」
「あ、その話、だいたいオチが分かります。その兄二人が、美しい妹に思いを寄せてしまって、国を二分して争ったんですね」
「もう! 全部言っちゃわないでよ!」
男爵はむくれて僕をにらむ。
「ま、実際その通りなんだけどさ。とにかくそれで、ロードラント王国はあわや滅亡寸前まで追い詰められちゃったの。で、その時以来、この国では兄妹間の恋愛は禁忌でご法度、許されざる罪ってわけ」
「へえー。それで、結局その兄二人と妹の物語はどういう結末を迎えたんですか?」
「あ、それはね……」
と、男爵が言いかけたその時。
廊下の方で、男の大声が聞こえた。
「男爵様! 男爵様! どちらにおいでで――!?」
あの鋭く響く声は、エリックだ。
やけに緊迫している様子だが、いったいどうしたのだろう?
そう思って、ドアを開けようとすると――
「男爵様、敵襲です! まもなくこの城は敵に囲まれますぜ!」
と、エリックが叫んだのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
こうしてまた、デュロワ城包囲戦という、新たな戦いが始まろうとしていた。
そして囚われのリナ――
僕はいったいいつ、彼女の救出に向かうことができるのだろうか?