(16)
「待ってください男爵様! あの人たちを追って、いったい何をどうしようというんですか?」
握り合った手に男爵の熱と汗を感じながら、僕は尋ねた。
「シッ! 静かにして。気付かれちゃうじゃない」
男爵は僕の質問を無視し、廊下の角で立ち止まって壁に身を寄せた。
そしてそこからこっそり顔を出すと、左に折れた廊下の先を覗き込んだ。
「ねえ見て! あの兄妹、やっぱりまるで本物の恋人のようじゃない?」
「……ええ、確かにそんな感じはしますけど」
男爵につられる形で、僕もクロードとティルファの様子をうかがう。
二人は仲良く手をつなぎながら、ちょうど廊下の突き当たりにある部屋の中に入るところだった。
「あの部屋、私が二人のあてがった部屋よ」
と、男爵が小声でささやく。
「兄妹水入らずで過ごした方が、きっとティルファの回復が早いと思ったから……」
「じゃあ男爵の狙いは当たったということじゃないですか。あの酷い精神状態だったティルファさんが、あんなに良くなったんですから」
僕は男爵にささやき返した。
「それに今だって二人して自分の部屋に戻っただけじゃないですか? 何の問題もないでしょう」
「ノンノンノン!」
男爵は首を振って言った。
「ダメなのよ、ダメ! 血がつながった兄妹の親しすぎる関係――このロードラント王国ではそれが大問題になるの! ――あ、二人が部屋に入ったわ」
男爵がそう言ったその時、突き当たりの部屋の扉が「パタン」と閉じ、続いて中からカチャリと鍵のかかる音が聞こえた。
「さあユウちゃん、来て」
男爵は僕の手を再びつかむと廊下を飛び出し、素早くかつ忍び足でクロードとティルファの部屋の手前まで来る。
けれど部屋に鍵をかけて、引きこもってしまったらどうしようもないだろう。
のぞきは趣味でないし……。
「男爵様、いい加減戻りましょうよ。アリス様もお待ちですし」
「いいえ、ダメ! さあ、こっちの部屋から探るわよ」
と、言って男爵は、隣室のドアをそっと開けた。
その部屋はカーテンが引かれ薄暗かったが、やはり客室らしく、きちんとメイクされた大きなベッドが二つと、立派な椅子にテーブルが置かれていた。
「なんなんですか、もう……」
ぶつくさ言う僕を放置して、男爵は部屋の右側の石張りの壁に駆け寄り、そこにぴったり耳をつける。
壁の向こう側はクロードとティルファの部屋だ。
「ダメだわ、何も聞こえない。――ちょっとユウちゃん、そっちのテーブルの上にあるコップ……そうそう、そのガラスのコップを取って!」
男爵は僕からコップを受け取ると、それを壁に当てて、その上にピアスだらけの耳を置く。
「ンもう! やっぱりなーんも聞こえない! まったく、この城の壁って無駄に分厚いのよね。――ちょっとユウちゃん、隣の部屋の声が筒抜けになって聞こえてしまう、みたいな魔法ってないの?」
「ありませんよ、そんな魔法……。でも男爵、ちょっとヘンですよ。二人の仲を探るのに、いくらなんでも躍起になりすぎじゃ?」
「それはね――」
フウッと男爵はため息をつく。
「ちゃんとした理由があるのよ」
「え?」
「実は昨日の晩、見回りの衛兵から報告があったんだけど……月明かりの下、お城の庭の片隅で、クロードとティルファがキスを――それも超濃厚なやつをしていたって言うのよ!」
「ええーーっ!」
「しかもキスだけじゃなくて、その先も……」
「えええーーっ!?」
僕は仰天のあまり、クロードとティルファがすぐ隣の部屋にいるのも忘れて、大声で叫んでしまった。