(15)
「しかし、まさかティルファがあそこまで元気に回復してくれるとはな。よかった。まことに良かった」
クロードとティルファを見送り、笑顔を見せるアリス――
どうやらアリスは、二人の関係に何の疑問も感じていないらしい。
だが、アリスの人を疑うことを知らない素直な性格からすれば、それは無理からぬことかもしれない。
「――おや? どうしたユウト? あの二人の兄妹に何か言いたいことでもあったのか?」
訝しげな顔をする僕に気づいたアリスが、きょとんとして訊く。
「い、いえ別に。そういうわけではありません」
そうそう――
あの兄妹がどんな仲だろうと、僕にはまったく関係ないこと。
いろいろ勘ぐるのは、いらぬお節介というやつだろう。
「それならよいが。――ところでユウト、朝食はもう済んだか?」
「いえ、まだですが」
「ならば私も同席するぞ! お前がいかにしてあの地獄のような戦場からみんなを救いだしたか、その武勇伝を詳しく聞きたいのだ」
「え……! は、はい」
なにしろ相手は王女様。
無碍に断ることはできない。
とはいえアリスには食事の間中ずっと、リナのことに関して嘘をつき続けなければならないわけで、それを思うと限りなく気が重かった。
ところが――
男爵の一声が、僕を救ってくれたのだ。
「少々お待ちを、アリス様」
「なんだグリモ。また私の邪魔をするのか」
「いいえ、そういうつもりはございません。ただ、朝食の前にユウちゃんとどうしても話したいことがありまして」
「ん? 私の前では話ができないと申すのか?」
「実はそうなんですわ。これは男同士のデリケートなお話でして。うら若きアリス様のお耳を汚すわけにはまいりませんの」
「男同士だと? やれやれ」
と、アリスが飽きれたように言った。
「グリモ、こういう時だけ男のふりをするのか」
「ホホホ! 申し訳ございません。アタクシは女性と男性、両方の気持ちを兼ね備えておりまして。いわば心の両性具有とでも申しましょうか」
「りょうせいぐゆう……? どういう意味の単語だ、それは」
「あら失礼。アリス様がその意味を知る必要はありませんわ。――とにかく、少しの間ユウちゃんをお借りしますね」
「仕方あるまい。二人ともすぐに戻れよ」
「はい、もちろんですとも。――マティアス! アリス様を頼んだわよ」
マティアスが黙ってうなずく。
しかし散々怒られたうえで、さらにアリスの会話の相手をしなくていけないなんて、マティアスも気の毒だ。
「さあ、いくわよ、ユウちゃん!」
が、男爵はそんなマティアスのことなど気に留める様子もなく、僕の服を引っ張って城主の間の外へ出ると、扉を閉めた。
「ま、待ってくださいよ、男爵! 男同士の話っていったいなんなんですか?」
「いいから! あの兄妹の後を追うわよ。二人の本当の仲が気になってしょうがないの!」
男爵はそう言うと僕の手をぎゅっと握って、お城の廊下を早足で歩きだした。