(14)
この奇妙な関係――
兄クロードが病み上がりの妹ティルファを気遣ってのことなのか?
いや、それにしてもかなり異常な感じ……。
あまり近しすぎる兄妹愛を見て、僕があっけに取られていると、クロードがアリスに横から声をかけた。
「アリス様――たいへん失礼ながら、私と、妹のティルファからぜひユウト君に御礼を申し上げたいのですが」
「おお! そうだったな!」
と、アリスが笑って答える。
「なにしろユウトはティルファの命の恩人だからな。あのひどい傷は、たぶんユウトの魔法でしか治せなかっただろう」
「それだけではありません。ユウト殿は亡き父の――ヴィクトル将軍の形見を戦場から持ち返ってくれました」
ティルファがうやうやしく手を差し出し、こぶしを開いた。
「このおかげで、どれだけ私の気持ちが救われたか」
ティルファの手のひらの上には、魔女ヒルダによってアンデッド化したヴィクトル将軍が、僕に残していったマント止めがあった。
「しかもお兄様をこの城に連れて帰ってきてくれるなんて」
ティルファはクロードにギュッと肩を寄せ、腕を組んだ。
「本当に感謝のしようがありません」
「はあ……。でも、傷の手当はともかく、クロード様に会ったのはたまたまのことで……」
「いやいや、ユウト君は二度も妹を助けてくれたことは間違いはありませんよ」
と、クロードが僕の手をいきなりつかんで何度も振った。
「ありがとう! 本当にありがとう! ご恩は忘れません。このお礼はいつか必ず返します」
「そんな大げさな。お礼なんていいですよ」
「ああ、そうだ! ユウト君はレーモン殿の足を治した『リペア』の魔法を教えて欲しいと言っていましたね。まずはその約束を果たしましょう。今日の午後にでもどうでしょうか?」
「はい、それは是非」
僕はうなずき、そしてふとレーモンの容態のことが気になった。
そこでアリスに向かって尋ねてみた。
「あの、そういえばレーモン様のご様子は?」
「無事だから安心しろ、部屋で寝ているが容態は安定している」
と、アリスが答える。
「まあ年齢が年齢だ。すぐ復帰するのはさすがに無理だろうが、お前たちのおかげで命拾いしたな」
「ああ、それはよかったです。……あの、アリス様」
「ん、なんだ、ユウト?」
「今回の件――レーモン様が無理やりアリス様を拘束して戦場から連れ出したこと、あまりレーモン様をお責めならないようお願いします」
「……そのことか」
アリスは微妙な顔をして言った。
「レーモン様に悪意はない、すべてはアリス様の安全を考えてやったことなのですから。当然アリス様をそんなことお分かりでしょうが……」
「もちろんだ。が、レーモンが私の命に違背したことは紛れもない事実だからな。処遇については少し考えたいと思う。――とりあえず、そこに突っ立っているマティアスはさっきコッテリ絞ってやったぞ」
普段と変わらず無表情のマティアスだが、どこかゲンナリして見えるのはそのせいか。
確かに、こんなに美しい王女様に責められたら、気分が凹んでしまうのも無理はない。
「あの……」
と、その時、妹ティルファが兄クロードの袖を軽くひっぱった。
「お兄様、私、ちょっと……」
「ああ、ティルファ、分かっている」
クロードがティルファの肩をやさしく抱いてから、アリスに言った。
「アリス様、お許しいただければ、私たちはこれでいったん自室に戻りたいと思います。なにしろ妹はまだ気分がすぐれないようなので」
「そうか、そうだな」
アリスがうなずく。
「クロード、ティルファのことを頼むぞ。存分にいたわってやってくれ。――ティルファ、戦争が終わり、お前も完全に回復したら、また一緒に馬の遠乗りにでも出向こうではないか」
「はい、よろこんでお供いたします」
美しい女騎士ティルファはそう言って、明るく微笑んだ。
その姿はやはり、精神が崩壊し、泣き叫ぶだけだった彼女とはまったく別人のように見える。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
クロード・ティルファの兄妹はそして、再び恋人のように肩を寄せ腰に腕を回して、城主の間を出て行った。
その後ろ姿を見て、僕はどうしても首をかしげてしまう。
うーん……?
この二人、自分たち以外何も見えてないような感じがする。
結局クロードは強度のシスコン、ティルファは強度のブラコン――
そういうことなんだろうか?