(13)
すると――
あ、やっぱり……。
果たしてミュゼットは、逆毛を立てた猫のような状態になって、アリスをにらみつけている。
が、幸いアリスは僕のことしか見ておらず、ミュゼットのその視線にはまったく気づいていない。
それにしても、ミュゼットの心の内は謎だ。
命がけだったとはいえ、僕がミュゼットのピンチを救ったのはハイオークと戦った時一度きり。
ここまでベタ惚れされるようなこと、したつもりはないのに……。
「さあユウト、額を出せ」
と、アリスが二人の間で板挟みになっている僕に言った。
「これ以上ない栄誉なことなのに、照れることないではないか」
「は、はい。……い、いえ」
まずい。
多分ミュゼットはもう我慢の限界。
この上アリスが僕の額にキスでもしようものなら――
「アリス様、お待ちくださいませ!」
と、そこでアリスを静止したのはグリモ男爵だった。
男爵もミュゼットの普通ではない様子に気づたのだ。
「なんだ、グリモ?」
アリスがなぜ邪魔をするのかと言いたげな顔をして、男爵を見た。
「アリス様、今がまだ戦いの最中だということををお忘れなきよう」
「そんなことは言われずとも分かっている」
「ならば論功行賞というものは戦いに勝利した暁に行うもの、ということも知っておいででしょう?」
「……要するに、今ユウトの功をねぎらい恩賞を沙汰するのは早すぎる、と」
「懸命なアリス様、その通りでございますわ。それに今回の戦いで活躍したのはユウちゃんだけではないですもの。もしもユウちゃんだけ特別に扱ったら、他の兵士たちの間に不平不満が広がりかねないですわ。――ねえ、マティアスもそう思うでしょう?」
かつての恋人に同意を求める男爵。
それに対しマティアスも、相変わらずのポーカーフェィスで黙ってうなずく。
「……確かにグリモの言うとおりやもしれぬ」
アリスは納得したようにつぶやいて、三歩ほど身を引いた。
「すまぬなユウト。嬉しさのあまり頭に血が上り、つい先走りすぎたようだ」
「いえ、滅相もないです」
僕はほっとして答えた。
ミュゼットもアリスが僕から離れたのを見て、急に我に返ったらしい。
燃え上がらせていた嫉妬のオーラが、一気に消えた。
そんなミュゼットに、すかさず男爵が声をかける。
「ちょっとミュゼット、ここはもういいから、アンタはおネエさんたちを手伝ってきなさい。きっと人手が足りなくててんてこ舞いよ」
「はーい。失礼しまーす」
ミュゼットはこれ以上アリスと僕の間に何も起きないと思ったのだろう、二つ返事で城主の間を出ていった。
やれやれ。
一瞬どうなることかと思ったが、さすがは酸いも甘いも噛み分けたグリモ男爵。
すべてを丸く収めてくれた。
と、そこで――
タイミングを見計らって、城主の座の脇に控えていたクロード、ティルフアの兄妹が僕の前に来た。
戦いが小休止しているせいか、兄のクロードは僕と同じようなズボンとシャツの貴族の平服姿。
一方、病み上がりの妹のティルファは白い地味なドレス姿だ。
二人ともかなりの美男美女であることは、改めて確認するまでもない。
でも、なぜかとっても変な感じがする。
僕は一瞬考え、すぐにその違和感を持った原因に気が付いた。
そうか――!
クロードとティルファは血のつながった兄妹のはずなのに、まったくそう見えない。
むしろ腕を組み肩を寄せ合ってベッタリする二人は、まるでラブラブなカップルのよう――というか、そのものなのだ。
いったい全体なんなんだろう、この兄妹は……。