(11)
「う、うん……」
僕はミュゼットに協力してもらうかどうか迷い、曖昧な返事をした。
ミュゼットは現在、王の騎士団に籍を置いているとはいえ、本来の職業はメイドさん。
そんな彼(女)をさらなる戦いに巻き込むのは、どうにも気が引けたからだ。
「リナを救いに行くのならアタシも城から兵を出すつもりだけれど、ミュゼット、アンタはねぇ……」
と、僕と同じ気持ちの男爵も歯切れが悪い。
「……とりあえずユウちゃん、まずはアリス様のところに行きましょう。アリス様は城主の間にいらっしゃるわ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
結局一人で着替えをすませた僕は、ミュゼット、グリモ男爵と共に廊下に出た。
アリスに会うのは三日ぶり。
が、あらからもっとずっと長い時間が経ったような気がする。
「あの、そういえばアリス様のご容体は? 三日前の晩はかなり取り乱していたうえ、熱もありましたよね?」
と、僕は長い廊下を歩きながら男爵に尋ねた。
「そのことなら大丈夫よ。熱はすぐに下がったし、気分の落ち込みも治ったわ。――というのも、あのティルファちゃんって娘いるじゃない?」
「あ、はい……」
父であるヴィクトル将軍を殺される瞬間を目撃し、自身も瀕死の重傷を負い、恐怖のあまり精神が崩壊してしまった女騎士ティルファ――
あの晩アリスが錯乱気味になってしまったのも、この城で静養中だったティルファのひどい症状を目の当たりにし、自信を喪失してしまったことに大きな原因がある。
「それがねぇ彼女」
と、男爵が首をひねる。
「突然、劇的な回復を遂げちゃったのよ。アリス様もそのティルファちゃんの様子を見てすっかり元気になったってわけ」
「ええ、ティルファ様が回復した……?」
うーん……?
ティルファはあの悲惨な状態から、いったいどうやって立ち直ったというのだ。
「信じられないかもしれないけど、事実なのよ。 ――ねえ、ユウちゃん。王の騎士団のクロード君っているわよね。彼、ティルファちゃんの実のお兄さんだってこと知っていた?」
「あ、はい。クロード様本人からうかがっています」
僕はうなずいて答えた。
そして、霧の中で兵士たちの治療している時、クロードに妹であるティルファの様子を尋ねられ暗い気分になったことを思い出した。
「で、このデュロワ城で兄妹は再会したってわけだけど――クロード君が声をかけた途端、ティルファちゃんはいきなり正気に戻って普通に喋れるようになって……。その変わりぶりにアタシも自分の目を疑ったくらいよ」
確かに不思議ではあるが、それはティルファ本人はもちろん、彼女の親友であるアリスにとっても非常な朗報に違いなかった。
しかし、なぜか男爵の表情は冴えない。
「あの、それってとても喜ばしいことだと思うんですけど」
と、僕は眉をひそめる男爵に言った。
「何か問題でも?」
「そうなんだけねぇ。ちょっと気にかかることがあって……」
男爵はため息をつき、両開きの大きな扉の間で立ち止まった。
「まあいいわ。その件については後でね。――さあ、ここがアリス様がお待ちになっているデュロワ城、城主の間よ」
この扉の向こうにアリスがいる……。
リナが行方不明であることは隠し通すとしても、みんなを助けるため僕が勝手にデュロワ城を抜け出したことは、アリスに謝らなければならないだろう。
「じゃあ扉を開けるから、ユウちゃん先に入って」
男爵がそう言いながら、扉に刻まれた鷹の彫刻に手を振れた。
すると途端に、扉は魔法でもかけられたかのように、音もなく左右に開いた。
城主の間はかなりの広さがあるものの、特にこれといった調度や装飾はなく意外とシンプルな造りをしていた。
それでも、高さ五メートルはある天井と壁際に並ぶ大きな窓のおかげで、これまでの部屋にはない解放感があった。
「アリス様……」
僕たちが広間に入った時、アリスは中央奥に置かれた城主の座に腰かけていた。
普段なら、そこに座っているのはこの城の城主であるグリモ男爵のはず。
しかし今は、国王に次ぐ身分のアリスのための場所になっているのだ。
広間には他に三人――マティアスと、さっき男爵が話していたクロード、ティルファの兄妹が控えている。
けれどアリスは彼らと何か会話するわけでもなく、椅子の肘掛けに頬づえを突き、ただつまらなそうにしているだけだった。
ところが、アリスは僕の姿を認めると態度を一変させた。
「ユウト!」
アリスは一言叫ぶと、城主の座から飛んで立ち上がった。
そして薄桃色の美しいゆるふわロングドレスをヒラヒラさせながら、ほとんど走るような勢いでこちらに向かってきた。
「ユウト! ユウト! ユウト!」
アリスは歩きながら、その碧眼で真っ直ぐに僕の顔を見つめ、名前を連呼する。
「は、はい!」
一応返事はしたが、迫ってくるアリスに対し、僕はタジタジして思わず二、三歩後ずさりをしてしまう。
……やっぱりアリスは、僕が無断でお城を抜け出したことにキレているのだろうか?
そう思い、怒られ、叱られ、ぶん殴られる覚悟までしていると――
アリスはいきなり僕に飛びつき、体をむぎゅうっと抱きしめてきたのだった。
「ア、アリス様?」
「ユウト、よくやってくれた! 話はグリモとマティアスからすべて聞いたぞ!!」
「え!?」
「私が寝込んでいる間に、まさか自らの危険も顧みず仲間を救いに戦場に戻るとはまったく思いもしなかったぞ! あまつさえ一人の犠牲も出さず、生き残った者全員をこの城に連れて帰ってきてしまうとは――ユウト、お前は並大抵の勇者ではないと言っても過言なしだ!」
アリスは感極まったように、背中に回す二本の腕の力をますます強めた。
そのせいで僕は、アリスのドレスの下にある二つの胸の柔らかなふくらみを、否が応でも感じてしまう。