(10)
「さあ、ベッドメイクはこれで終わりっと」
ミュゼットは綺麗に整えられたベッドを見て満足そうにうなずき、僕の方を向いた。
「あれ! ご主人様、まあだ着替え終わってないの?」
「いや、だって何だかこの服着にくくて……」
用意されていた貴族風の服は、この前まで着ていた庶民向けのものと違い、やたらボタンの数が多い凝ったデザインをしていた。
「しょうがないなあ、ご主人様。やっぱりボクがいないとだめなんだね♡」
ミュゼットはいかにも楽しげに、その白く美しい手で、僕の体をサワサワしてくる。
「わわっ! 本当にいいって!」
「ほらほら、遠慮しないでよ。今のボクは、ご主人様にお仕えするメイドなんだから」
「遠慮じゃなくて、いろいろワケがあって――それとミュゼット、その『ご主人様』って呼び方もこそばゆいから止めて欲しいんだけど」
と、僕とミュゼットがもみ合いへし合いしていたその時――
突然ドアがガチャリと開き、グリモ男爵が甲高い声を上げながら、いきなり部屋の中に入ってきたのだった。
「ちょっと! ユウちゃん、ミュゼット! いくらなんでも遅すぎるわよ! ――まあっ!」
男爵は僕と、僕の服をつかんでいるミュゼットを見るなり大声で叫んだ。
「朝っぱらからなによ! アリス様がお待ちかねだっていうのに二人でイチャラブエッチ!?」
「ち、違います! 完全に誤解です」
僕は必死に否定した。
やれやれ……また弁解しなきゃならないのか。
なんだか安っぽいドタバタラブコメみたいだ。
「じゃあユウちゃん! もしかしてアナタ、メイド姿のミュゼットがあまりにカワイイから欲情して襲いかかったってこと!? アタシはその瞬間を目撃しちゃったのかしら。――やだもう、見損なったわよ!」
「余計に違いますよ!」
「そうだよ、男爵様!」
と、ミュゼットもむくれて叫ぶ。
「ユウ兄ちゃんがそこまで乱暴なことするわけないじゃん!」
躍起になって弁明する僕とミュゼット。
その様子を見て、男爵がいきなり笑い出した。
「ホホホ! 冗談よ、冗談! ユウちゃんもミュゼットもムキになっちゃって。二人がずいぶん仲よさそうだからちょっぴりからかってみたのよ」
「男爵様、人をおちょくるのは止めてくださいよ!」
なんだよもう。
グリモ男爵も本当に人が悪い。
まあ、らしいっちゃらしいけど……。
「男爵様、ひどいよお」
と、ミュゼットも男爵をにらみ、小さくつぶやいた。
「まあ、ボクは別にそれでもかまわない、かな……さっきはココロの準備がなかったけどさ……」
え……!?
ミュゼット、今なんて言った?
「まあまあ、ミュゼットとの仲がいつの間にかそこまでハッテンしているとはねぇ」
男爵がニヤついて僕を見る。
「ユウちゃんも意外と隅に置けないというか、結構やることやってるじゃない」
「いや、別にそういわけでは……」
ミュゼットのつぶやきの真意はともかく、本命であるリナには一向に振り向いてもらえないというのに、隅に置けないも何もない……。
「またあ恥ずかしがっちゃって」
と、男爵が僕を冷やかす。
「それにアリス様だって、ユウちゃんが目を覚ましたら早く会いたい会いたい、ってそればっかりよ」
「えっ! もしかしてアリス王女様も、ユウ兄ちゃんのこと……」
それを聞いてミュゼットが飛び上がったので、僕は慌てて首をプルプル振った。
「違う――違います! アリス様はただ、行方不明のリナ様が今どうしているかそれを僕に聞きたいだけですよ」
誰が好きだとか、誰に惚れられているとか――
リナがいない緊急事態の今、そういう話は保留にしときたかった。
「そんなことはないと思うけどね、アタシは。――まあ確かに、目下大事なのは」
と、男爵がド迫力な顔面を僕にグイっと近づける。
「な、なんでしょうか?」
「いいことユウちゃん。リナがさらわれってしまったってことは絶対にアリス様に言わないで」
「え!? でもリナ様だけこのデュロワ城に戻ってないのだから、アリス様もおかしいと思ったのでは?」
「それは大丈夫。マティアスを始め、アリス様に謁見する可能性のあの人たちはみんな同じように口裏を合わせてるから。――リナは救援を求めるため恋人と、つまり王の騎士団のリューゴ君と一緒に王都に向かったってね」
「ああ、そうだったんですか……」
「なにしろリナってアリス様の親友なんでしょう? その親友がかどわかされたとあっては、アリス様が暴走して何をしでかすか分かったものじゃないじゃない?」
「はい」
僕はうなずいた。
「今はただでさえ人が溢れてお城が大変な状態だから、場が余計に混乱することだけは避けたいのよ」
自分と同じ心配を、みんなもしていたわけだ。
アリスを騙す形になるのは心苦しいが、今はそれも致し方ないだろう。
「男爵様、承知しました。いずれにせよ、アリス様にその事がばれないうちにリナ様を一刻も早く取り戻しましょう」
と、僕は男爵に言った。
「それはもちろん賛成なんだけどねぇ……ユウちゃん、あなたもロゼットから聞いたと思うけど、あの子が今どこへいるのか、まったく手がかりがないのよ」
「その点はご懸念に及びません。リナ様の居場所は魔法によってすでに目星がついています」
「あら、そうなの!」
と、男爵は手を合わせて叫んだ。
「さすがねぇ。アタシが見込んだオトコだけのことはあるわ」
「いえ、まだ場所が分かっただけですから。――それで、手遅れにならないうちに、リナ様救出のため早速出立しようと思うのですが」
「あ、ならボクも絶対に行くよ!」
と、ミュゼットが真剣な眼差しで言った。
「だってあのシャノンとかいう女剣士を取り逃がしたボクにも責任があるもの」
ミュゼットが一緒に行ってくれれば、確かに非常に頼もしい。
だが同時に、彼(女)が大いに危険にさらされることになってしまうことも事実だ。
なにしろ敵は、ハイオークよりさらに手ごわくたちの悪いあのヒルダなのだから……。