(2)
でも、今のミュゼットは、自ら意識してお色気を出しているわけではない。
ただ純粋にお風呂に入っていただけなのだ。
なので、ミュゼットは僕の顔を見て一瞬目を丸くすると――
「キャ――――――――!!」
ある意味お約束な、耳の奥にキンキン響く年頃の女の子な悲鳴を上げたのだった。
「う、うわ。ごめん! ちょっと水が飲みたくて――」
自分に非があるのは間違いないので、僕は慌てて謝り弁明した。
しかしミュゼットは許してくれない。
「ユウ兄ちゃんのエッチ!! 変態!! 裸のボクを襲おうっていうの?
」
「べ、別にそういつもりでは……いきなりカーテンを開けたのは悪かったけど――」
「だまれぇ――――!!」
ミュゼットは僕のセリフにおっかぶせるように叫んだ。
そして、腕を振り上げ手に持っていた風呂桶を思い切り投げつけてきたのだ。
「うわっ」
僕は慌てて身をかがめた。
が――見事にスマッシュヒット。
手桶は僕の頭頂部を直撃し「ゴンッ」と意外に大きな音がした。
同時にぐらりと体が揺れ、“あれれ”と思った時には、僕はその場に転倒していた。
体調が良ければ当たってもどうってことない衝撃だっただろうが、寝起きの自分にはキツイ一発だったのだ。
これもやっぱりお約束的展開――
かもしれないが、一つだけでそうでもない事があった。
転んだ僕の目線の先にあったのは、まさにちょうど、ミュゼットの丸出しの下半身。
というか股間の特定の部分。
男の本能として、僕は目を見開きそこをマジマジ凝視してしまった。
――あああああああああ!!!
そして僕は異世界に来て最大級の――
ベタベタ親しげなリナとリューゴの姿を見た時と同じくらいショックを受けた。
ついてる!!
いや、ぶらさがっている!!
僕と同じモノがミュゼットにも!!
なんてこった。
絵に描いたような美しいボクっ娘、ミュゼットは正真正銘の男だったのだ。
いや――正確に表現すれば男の娘、か。
それにしてもこんな綺麗な男の娘、現実世界のどこを探しても絶対に存在しないだろう。
さすがはファンタジーな異世界と言うべきか。
すべてが夢のようで素晴らしい……のかな?
「あわわ……謝るから、謝るから勘弁してよ!!」
ミュゼットの秘密の部分を余すとこなく目撃してしまった僕は、ほとんど土下座状態に腰を曲げ、手を合わせて謝った。
「いいから早く出てって――!!」
ミュゼットは股間を両手で隠し、さらなる大声で叫んだ。
恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして、目にはうっすら涙をためている。
どうやらミュゼットをひどく傷つけてしまったようだ。
それにしても、この態度は少し意外。
戦っている時はやたら大胆で小生意気で度胸もあったのに……。
おそらく彼女――じゃなかった彼は、心の内に、純情でナイーブな側面も隠し持っていたらしい。
「ねえ、どうして出て行ってくれないのさ!」
モタつく僕に、ミュゼットが怒りのオーラを発散させる。
「こうなったら一発魔法をお見舞いしてあげよっか――」
「うわ――ミュゼット! ちょっと待った待った! 実は腰が……」
ウソではない。
衝撃の光景を目にして、どうやら一時的に腰が抜けてしまったらしい。
おまけに周囲の床はバスタブからこぼれた水でツルツル滑りやすくなっていて、うまく立ち上がれないのだ。
「言い訳無用だよ!」
ミュゼットの指先に真紅のオーラが集中する。
まさか本気……!
仕方ない、こちらも魔法でガードすればいいのか――
って、そういう問題じゃない!!
バスルームは狭いし、ここはやっぱり逃げた方が賢明かと判断し、僕は
ミュゼットの前から這って移動しようとした。
その時、向こうの部屋の方から誰かの声がした。
「――失礼します。ユウト様、何か悲鳴と物音がしたのですが、いったい何の騒ぎでしょうか?」
助かった……。
そこに現われたのは、ミュゼットの悲鳴を聞きつけ部屋に入ってきた美しき侍女、ロゼットだった。
その後ろには同じくメイドでロゼットの妹、リゼットの姿も見える。
しかし二人のメイドがいるということは、やっぱりここはデュロワ城の中だったのか。
シャノンに薬を嗅がされ眠らされた後、おそらくグリモ男爵たちが僕をここまで運んでくれたのだ。