(1)
血のように真っ赤に燃える夕日に照らされ、肩を寄せ合いながら去っていく七瀬理奈と佐々木龍吾。
少し遅れて、ふたりの背中を必死に追いかける自分――
「理奈――!!」
しかしどんなに叫んでも声は届かない。
走っても走っても決して距離は縮まらない。
そのまま二人の姿は遠ざかってゆき、やがて黒い小さな影となって沈む夕日とともに闇の中へ消えた。
そして突然の雨――
暗い空からサーッと落ちてきた冷たい雫が、頬を伝う涙と混じり、全身をみるみる濡らしていく。
「あ、理奈!」
その寂しい雨の中に、再び理奈の姿が浮かんだ。
理奈は手に青い水玉模様の傘をさし、じっとこちらを見つめている。
あの傘、昔どこかで……。
そうだ。
確か小学生のころ、傘を待たずに学校に居残っていた僕を、わざわざ迎えに来てくれた時の傘――
「理奈! 戻ってきてくれたんだ!!」
僕はうれしくて大声を出した。
けれど、理奈は悲しそうに笑う。
「違うの。お別れを言いにきたの」
「え……!?」
「ごめんなさい。私はあなたとは一緒に行けない」
「ど、どうして?」
「私はもう、二度とあなたと会えない場所に行ってしまうから」
「会えないって、そんな……」
「本当はあなたに助けてほしかった。でも、あなたはそれができなかった。だから――」
理奈はそう言うと、後ろを振り向いた。
その体が蜃気楼のようにゆらゆら揺れ始め、色が薄れて次第に透明に近づいていく。
「――だから、さよなら」
「理奈ーーーーーーーー!!!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「うわっっ!!」
目覚めるのと同時に、僕はベッドの上で勢いよく上半身を起こした。
クソッ夢か。
しかも最悪の悪夢……。
つまりずっと眠っていたということらしい。
体感的に、かなり長い間……。
でも、いったいここはどこんなんだろう――?
と、辺りを見回す。
薄暗い、見覚えのない部屋だ。
異世界なのか現実世界なのかそれさえ分からない。
その時――
ピチャピチャ。
パシャパシャ。
……ん?
雨かな?
ベッドの上で耳を澄ましてみると、水音がしきりにどこからか聞こえてきた。
ああ、そうか。
さっきの雨の悪夢を見てしまったのは、この音を耳にしたせいだ。
でも、雨の雫が地面に落ちる音ともちょっと違う。
もっと不規則に水があちこちに飛び散るような感じ。
水……か。
僕はそこで、砂漠の中をずっと歩いてきたみたいに口の中と喉が乾燥してカラカラなことに気が付いた。
寝ている時かなり汗もかいたようだし、その間水を一滴も飲んでいないのだから、そうなるのも当然だ。
とにかく何か飲みたい……。
水を求め、僕はベッドからノロノロ降りた。
頭痛とめまいをこらえながら、水音のする方向へ這うように進む。
すると隣の部屋――というよりも、入り口にピンク色のカーテンがかかっている、壁で区切られた小さなスペースに行き当たった。
――ここ、洗面所かな?
どうもそれっぽい。
水のピチャピチャ音は、カーテンの奥から聞こえてくるからだ。
もう我慢できない。
水! 水! みず――っ!!
喉の渇き具合は限界を突破していた。
僕は一刻も早く水を飲もうと、そこに誰かがいるのかも確かめず、いきなり「シャッ」とカーテンを引いてしまった。
「あ……!」
「……え!」
次の瞬間、やたらカワイイ女の子とパチッと目があった。
ミュゼット――!!
そこで僕が目にしたのは、バスタブの中で水を浴びているミュゼットの姿だった。
もちろんミュゼットは素っ裸。
全身水で濡れそぼり、ハイオークを誘惑?した時と同じような、男なら誰でも血迷ってしまう危険な色香を漂わせていた。