(10)
しかしシャノンは相変わらず冷静そのものだった。
ミュゼットが魔法を使って攻撃してきたことに一瞬驚きの表情を浮かべたが、特に慌てる様子もなくリナの体を素早く左腕で抱え直し、右手で腰の刀を抜き払った。
そして、その黒鉄の刀身で『フレイムショット』の火球を真っ二つにぶった切ったのだ。
刀で魔法を防御する――
もしもミュゼットが万全の状態で魔法を唱えていたのなら、リナを抱えたままのシャノンにそんな芸当はできなかったかもしれない。
だが、魔力欠乏気味のミュゼットが放った『フレイムショット』は、威力だけでなくそのスピードも目に見えて落ちていた。
オーラをまとったシャノンの刀に当たった火球は、細かな火花となって砕け散り、ほんの一秒で跡形もなく消滅してしまった。
「うわっ。すご!」
ミュゼットが叫ぶ。
「男爵様の言う通り、マジで強いね!」
魔法を防いだシャノンはいったん着地しふっと息をつくと、ミュゼットに言った。
「あなたもね。ハイオークとの戦っているのを少しだけ見せてもらったけど、なかなか見事だったわ」
「なんだ、じゃあボクが魔力を使い果たすのを待ってたってわけ? ずるーい」
「結果的にはそうなるわね。でもね、私はどうしてもあなたと戦うわけにはいかないの」
「えー何でさ?」
と、不思議そうな顔をするミュゼット。
……そういえばシャノンは、自分より年下の相手とは絶対に戦わないという信条を持っているのだった。
となれば、僕より年下であろうミュゼットは攻撃対象になり得ないはず。
が、ミュゼットはもちろんそんなことを知らない。
「今は時間がないから、理由は後でそこにいるユウト君に訊いてみて」
シャノンはそう言って、ぐったりしたリナを大事そうに抱っこした。
「それじゃ、今度こそサヨナラ!」
それからシャノンは再び天高く跳び――
カエルでも驚きそうな人間離れした跳躍力で、まるで飛び石を連続ジャンプでぴょんぴょん渡るようにあっという間に先へ進んで行ってしまう。
「ああ! また逃げた!! 待て待て~卑怯者――!」
リナが人質に取られている以上もうミュゼットは魔法を使うことができない。
なのでミュゼットは、シャノンを走って追い始めた。
だが、厳しい。
ハイオークから逃げ回るときに見せた、ミュゼットの敏捷性。
確かにあのすばしっこさだって並みの能力ではない。
しかしそれでも、あのシャノンの光のような速さには及ばないだろう。
要するに、さらわれたリナをシャノンから取り戻すことはミュゼットには不可能。
そして当然、シャノンはリナをヒルダの元に連れて行き――
その後はいったいどうなる……?
どう考えても絶望的な展開だ。
僕はふっとその場に崩れ落ちた。
痺れ薬のせいだけではない。
リナを守れなかった自分の不甲斐なさに、心が真っ二つに折れてしまったのだ。
これがリューゴだったら、果たしてシャノンからリナを救えたのだろうか――?
そんなことを考えながらも、急速に意識は薄れていった。
男爵の叫びだけが、耳の奥にかろうじて届く。
「ちょっとユウちゃん! しっかりして! あらヤダ、どーしましょ!」
男爵が駆け寄り、僕を抱き起こそうとする。
「ねえ、お願い目を覚まして! んー困ったわ。……そうだ、アタシの熱いキス――いや、人工呼吸で……」
と、そこで記憶は完全に途切れた。
結局、最後の最後で油断してしまったのは、ミュゼットではなく僕だったわけだ……。