(8)
「キャアッ!!」
その時、異変に気が付いたリナの叫び声が聞こえた。
リナは乱入してきたシャノンとふらつく僕を見て、顔をこわばらせている。
一方、シャノンの動きは俊敏だった。
逃げ出す暇を与えないよう、地面を蹴ってリナに素早く跳びかかった。
「ごめんなさい王女様。あなたもしばらくの間眠っていてもらうわね」
シャノンはそう言いながら再び頭を軽く振って、リナの顔に長い黒髪を巻きつけた。
昨日の戦いの恐怖の記憶が甦り、恐怖で動けなくなったリナは、その髪を振り払うことができない。
「ああ……」
と、リナが小さく吐息を漏らした。
僕と同じく、シャノンの髪に染みこんだ痺れ薬を吸いこんでしまったのだ。
途端にリナは体勢を崩し、その場に倒れそうになった。
「あら!」
リナの体を受け止めたシャノンがほほ笑む。
「うわー王女様、軽い! ヒルダとは大違いね」
リナにとって不幸だったのは、昨日アリスの身代わりになるために飲んだ薬の効果で、目と髪が金色のままだったことだ。
そのためシャノンは、自分の腕の中でぐったりする王女が偽物だという事実に、いまだ気づけないでいるのだ。
「じゃあね、ユウト君」
シャノンはそのままリナをひょいと抱きかかえると、僕の方を向いて言った。
「言った通り王女様は私が責任を持って預からせてもらうわ。――あなたももう戦うのは止めて故郷に帰りなさい。それと、この先くれぐれもヒルダみたいな悪い女とかかわっちゃダメよ!」
「……シャノン……待て!」
リナを連れどこかへ行ってしまおうとするシャノンを追って、僕は必死に前に進もうとした。
が、さっき嗅がされた痺れ薬のせいで足元がおぼつかない。
しかも眠い……。
まぶたが重くて、目を開けているのがやっとの状態だ。
「あっ!! ユウ兄ちゃん、どうしたの!?」
背後で誰かが叫んだ。
笛を吹きながら、少し遅れてやってきたミュゼットの声だ。
「ギャアアアアアアアア――!! 」
このたまぎるような金切り声は――
やっぱり、間違いなく男爵……。
「ちょっとなに、何なのあの女は! ヤバい、絶対ヤバいわ! ねえねえミュゼット、どうしましょどうしましょ!」
と、早速大騒ぎを始める男爵。
それを見てミュゼットはあきれたように言う。
「男爵様! 今まで何度言ったか分からないけどさあ、もーいい歳こいてるんだからちょっと落ち着いてよ」
「何よ、ミュゼット! アンタこの状況で落ち着いていられる!? だってだって、ユウちゃんがやられちゃったのよ! ――ユウちゃーん! ちょっと大丈夫?」
全然大丈夫じゃないです……。
が、とりあえず生きていることを知らせるため、かろうじて動く手で男爵とミュゼットにジェスチャーを送る。
「よかったぁー、一応死んではいないようね」
と、男爵がブラックジョークをとばす。
「あのさあー男爵様」
ミュゼットが男爵をにらむ。
「ボクのユウ兄ちゃんがそんな簡単にやられるわけないじゃん!」
「でもミュゼット、ヤバい状態であることには変わりないでしょ! 魔法が使えるユウちゃんでさえあのざまなのよ。あの黒髪の女、きっとチョー強いわよ」
「んなこと分かってるよ。でも安心して、ボクがどうにかするから。男爵様、王の騎士団の力を舐めないでよ」
「でもさでもさ! ミュゼット、あんたさっきのハイオーク戦でほとんど魔力使い切っちゃったんでしょ? 魔法も使えないでどうやって戦うって言うのよ!」
「しっー! しっー!」
ミュゼットが慌てて男爵の口を塞ぐ。
「もう男爵様のバカぁ! 敵に聞こえちゃうじゃん!」
「あらヤダ、アタシったらドジね!」
と、男爵が飛び上る。
「つい口が滑っちゃったわ」
ほとんどお笑いコンビのような二人の掛け合い――
それを聞いていたシャノンは、必死に笑いをかみ殺しながら僕に言った。
「ユウト君の新しい友達、なかなか愉快な人たちね。――でもちょっと面倒くさそうだから、私はそろそろ退散させてもらうわね」
「ま、待て……!」
このままだとシャノンはリナを連れて逃げてしまう……。
何か魔法を……。
しかし、シャノンに嗅がされた薬はすでに脳の方まで回っていた。
全身が痺れ、とても魔法を唱えられる状態ではない。
これでは、まさにシャノンの思う壺。
彼女は白魔法を使われることを警戒して、真っ先に僕を眠らせようとしたのだから――