(7)
「ユウ兄ちゃん……!」
ミュゼットが目をウルウルさせて僕を見た。
「ボクのこと何もかもぜーんぶ理解してくれてたんだね。ありがとう!」
「……ミュゼット、そういうことだったの」
そんなミュゼットに対し、男爵がすまなそうな顔をして謝った。
「アタシ、アンタがそこまで深く考えて戦っていたなんて思いもしなかった。怒ったりして悪かったわ。――でもね、こんな危ない戦いはもう御免よ。アンタにもしものことがあったら、ロゼットとリゼットに申し開きができないじゃない」
「みんな心配してくれるのは有難いけど、別に大丈夫だよ。ボクももう子供じゃないし、王の騎士団の正規の団員なんだもん。多少危険なのは覚悟の上だから、姉さまたちにもそう言っておいてよ」
ロゼット、リゼット……。
あのデュロワ城の二人のメイドのことか。
それにミュゼットが“姉さまたち”と呼ぶということは――
どうやらロゼットとリゼットは、ミュゼットと合わせ三姉妹、ということらしい
道理で名前が似ているし、揃いも揃って美人なわけだ。
「あのっ! ユウトさん、男爵様、そろそろ出発してはどうでしょうか!」
と、そこでリナが藪から棒に言った。
「霧の中に待たせている兵士のみなさんも不安でしょうし」
「ああ……そ、そうですよね」
リナのいつになく不機嫌そうな態度に、僕は戸惑いながら返事をした。
なんで……?
リナは明らかに僕に対して腹を立ててるようだけど――
って、まさかリナはさっきから猫みたいに僕にじゃれつくミュゼットを見て怒っているのか?
おいおい。リナにはリューゴという立派な想い人がいるのだから、別にヤキモチを焼く必要はないのに。
それとも、目の前でこんなにベタベタされると、一人の女の子としてやっぱり不快なのだろうか?
「あのミュゼットさん――」
ひっついて離れようとしないミュゼットに、僕は言った。
「そろそろ笛の演奏をお願いします。笛の音がないと兵士は動けませんから」
「えー“さん”付けはヤダ。さっきハイオークから守ってくれた時みたいにミュゼットって呼び捨ててよ!」
「わ、わかりましたから、とにかく笛を!」
「はいはい、じゃあもう一回吹きますよっと。――ユウ兄ちゃん、この続きはあとでね!」
ミュゼットはそう言ってウインクし、ようやく僕から離れ笛を取り出すと、薄い桃色の唇にあてた。
それを確認してから、僕は不機嫌そうにしているリナに近づいた。
「あの……リナ様」
「なでしょうか、ユウトさん」
と、リナはそっけなく答える。
「えっと――デュロワ城はまだまだ遠いですが、一緒に頑張りましょう」
「そうですね、ミュゼットさんという心強い味方もいますしね!」
リナはそう言うとプイと顔を逸らし、ズンズン一人で先に行ってしまう。
「ちょっと待ってください! 一人だと危険ですよ」
まったくもう、何なんだよ……。
僕はうろたえながら、リナの後を追った。
ところがその時――
突然。
本当に突然。
岩場の影から、異常に速い身のこなしの黒い人影がでジャンプして現れ、僕の目の前に降りたったのだ。
――げっ!
まさかっ!!
「思ったより早い再会だったわね、ユウト君」
そう言ってニッコリほほ笑んだのは、忘れもしない魔女ヒルダの用心棒、女剣士シャノンだった。
シャノン!!
どうしてここに――?!
驚倒して動きが固まった僕に、シャノンは言った。
「そんなに驚かなくていいじゃない。漁夫の利を得るような形になってしまったのは、申し訳ないけれど――」
そしてシャノンは僕に近づきながら、なぜか頭を軽く振った。
彼女の濡れ羽色の艶やかな長い髪が、まるで生き物のようにうねる。
「……え!?」
途端にバラの花の匂いような、甘く上品な香りがした。
彼女の髪が僕の顔に巻き付いたのだ。
これってもしや――
「ユウト君には悪いけど、どうしてもアリス王女だけは連れて帰らなければいけないの。だからちょっとの間だけ眠っていてね」
「そんな……」
僕はシャノンを捕まえようと手を伸ばしたが、体が思うように動かなかった。
どうやらシャノンは、髪の毛に何かの薬を仕込んでいたらしい。
頭が熱っぽくなってぼんやりし、体が空に浮いたようにふわふわする。
「でも安心して。王女の身の安全だけは私が必ず守るから。ヒルダにおかしなことは絶対にさせないわ」
そのシャノンの言葉も、もう遠くの方からしか聞こえない。
ま、まずい!
このままだと……。