(6)
「なによミュゼット! アンタ、足をくじいたふりをしてワザとハイオークに捕まったっていうの? 泣いてたのもウソ泣きってこと!? 」
と、男爵が叫んだ。
「そうですよっと。迫真の演技だったでしょ?」
ミュゼットは男爵から取り戻したえんじ色の頭巾で上半身を隠し、地べたにしゃがみこみながら答えた。
さすがに疲れたのだろう、息切れがして、普通に話すのもしんどそうだ。
「もうっ! この子ったら。まったくなんでそんな危ない橋渡ったのよ!」
「男爵様~、いちいち説明しなきゃダメ?」
と、ミュゼットはうんざりしたように言った。
「あのでっかい斧でぶん殴られたらさすがにヤバいでしょ? だから最初に片付けちゃったの。あと魔法を撃ちながら逃げまくったのは、わざと弱みを見せてあいつを油断させつつ、動き回らせてお腹を空かせてやろうと思ったから!」
「ということはアンタ、本気で自分を餌にしようとしたってこと?」
「そうでーす。ハイオークは大食で美少女の肉好きってデータは頭に入ってたから、ボクをご馳走として認識するように仕向けたってわけ。――もー男爵様って一応天才軍師なんでしょ。それくらい分からなかったの?」
「まあ、悪かったわね! アタシは戦術戦略には強いけど、実際のミクロな戦闘にはうといのよ。暴力は嫌いだから」
男爵はぷりぷりしている。
が、それはおそらく、自らを犠牲にする覚悟でハイオークを倒したミュゼットの無謀さに対して腹を立てているのだ。
「それにミュゼット、誰が美少女ですって!? そんなこと自分で言ってどうするのよ!」
「だって事実じゃん」
「あら! それはちょっと違うんじゃない!?」
「――あのう、少し補足しますと」
僕は言い争うミュゼットと男爵の会話に割って入った。
「ミュゼットさんは最初から自分の魔法はハイオークに通用しないと知ってたんだと思います」
「え!」
男爵が聞き返した。
「じゃあ、この子は結果まで全部緻密に計算して戦ってたってこと? 思い付きの行動じゃなくて?」
「ええ、そうです。すべてはハイオークの口の中に『フレイムショット』を撃ち込むだけのために。その唯一の計算ミスがハイークの桁外れの耐久力だったわけで。――ミュゼットさん、違いますか?」
「その通り! 最後のピンチ以外はすべて想定内で、本当は男爵様が心配するほどの危ない橋を渡ったつもりはなかったんだよね」
ミュゼットはそこでぴょんと立ち上がって、いきなり僕に抱きついた。
「さすがユウ兄ちゃん! よく分かってる!」
「……い、いや別に――そうでもないです」
白昼堂々恥ずかしい! リナが見ているというのに……。
僕はベタベタじゃれるミュゼットに対し、あたふたしてしまった。
「まー、ミュゼットったら急に色気付いちゃって!」
と、男爵が呆れたように言った。
「ついでに言わせてもらえば、さっき足を挫いたふりして倒れた時の格好もなんなのよ! 妙にエロくてあられもなくってさ、てっきりハイオークを誘惑しているのかと勘違いしちゃったじゃない!」
「あーあれ? あれはね、性欲と食欲は紙一重って言うじゃん。だからちょっと色気出して誘ってみたらハイオークが余計にボクを食べたくなるかと思って。……まあ少々演出過剰だったかもしれないけどさ。お気に入りの服まで破られちゃうし」
「そうよ、紛らわしい! この子ったらホントに危なっかしいだから! さっきだってユウちゃんが助けなかったら、結局ハイオークのパンチでぺちゃんこだったじゃない」
男爵は割と本気で怒っている。
やっぱりミュゼットのことを心から心配しているのだ。
「……そうですよね。いくら計算ずくで戦っていたにしても、やっぱり不測の事態と言うのは起こるものなんですよね」
と、リナが男爵に同調する。
「あと一つ疑問なんですが、さっきのミュゼットさんのすごい魔法――『地獄の業火』でしたっけ? あれを真っ先に唱えていれば労せずハイオークに勝てたんじゃないでしょうか?」
「言われてみれば!」
と、男爵もうなずく。
「ミュゼット! あの見てるだけでオシッコちびりそうな魔法、なんで最初に使わなかったのよ!」
「お二人とも、ちょっと待ってください! その点でミュゼットさんを責るのは酷と言うものです」
その質問が出ることをあらかじめ予想していた僕は、ミュゼットの代わりに答えた。
「あの『地獄の業火』の魔法はパワーが凄まじい分、魔力の消費が極めて大きいんです。つまりたとえハイオークは倒せたとしても、後々他の敵に出会った時に魔法が使えなくて困ってしまう。下手をすればデュロワ城までみんなを守りながらたどり着くという責務を果たせなくなりますからね。――ミュゼットさんはちゃんとそこまで考えて戦っていたんです」
戦闘が始まる前にミュゼットが炎の壁で結界を張ったのも、おそらく僕たちを危険に晒すことなく一人で戦い抜くため。
見かけは人を舐めたようなところがあるミュゼットだが、実は騎士として、また王の騎士団の一員として、任務を必ず遂行するという強い責任感を心の内に抱えているのだ。