(5)
ミュゼットの前に再度そびえ立つハイオークの巨像。
その影に隠れたミュゼットの顔に、真の恐怖が浮かぶ。
ハイオークはそんなか弱いミュゼットを一息に叩き潰してやろうと、無言のまま、大木のような右腕を振り上げた。
「キャ―――――!!」
ミュゼットが本気の悲鳴を上げる。
突然の事態に体がすくみ、逃げることができないのだろう。
ただ意味なく両手で頭を覆いその場に立ちつくすのみだ。
「ミュゼット――――!!」
僕は死ぬ気で走った。
そして最後は、ヘッドスライディングをするようにジャンプしてミュゼットの体に飛びついた。
『ガード!!!』
超ギリギリ、間一髪間に合った!
ハイオークは鉄の拳を力任せに振り下ろしてきのは、僕がミュゼットの体を抱きしめ魔法を唱えた直後だった。
ドンッ、と音がしてハイオークの拳は『ガード』の壁に跳ね返える。
その動きが鈍く感じられるのは、やはりミュゼットの『フレイムショット』で受けたダメージのせいか。
が、ハイオークは一瞬何が起こったのか分からなかったのだろう。
僕とミュゼットを守っている『ガード』の壁を、そのままガンガン殴り続けた。
これは昨日ハイオークと戦い、エリックを庇った時と同じ状況。
つまり気になるのは『ガード』の耐久力の問題だ。
しかしハイオークの力はかなり弱っているわけだし、しばらくの間は耐えてくれるはずだ。
「大丈夫――ですか?」
僕はそう言って、半裸のミュゼットを抱きしめていた手をほどいた。
それでもミュゼットは僕に体を密着させ、離れようとしない。
「ユウト……」
ミュゼットが僕の目を見て言った。
「助けてくれたんだ……」
「いや、その――たまたま、です」
「ありがとう。今のユウト、ちょっと格好良かった。ボク、このこと絶対忘れないよ」
よく見ると、ミュゼットの茶色の瞳は濡れて潤んでいた。
さらにその顔にはうっすらと赤みが差している。
こんな綺麗な子にこんな顔をされてしまうと、それだけでドキドキしてしまう。
……にしても何なんだ、このシチュエーションは。
「そうだ! これから先――」
と、ミュゼットが続けて言った。
「親愛の情をこめて、ユウトのこと“お兄ちゃん”って呼んでいい?」
「は!?」
「嫌なの? う~ん……それなら――ユウ兄ちゃんでどう?」
「別に何て呼んでもいいですけど……」
と、僕はミュゼットに言った。
「まずはそこのハイオークをなんとかしないと……」
「わかってるから、そっちはまかせておいて!」
ミュゼットはニッコリ笑った。
「変態オークには、ボクがとっておきの魔法でお仕置きしてやるんだから! これを使っちゃうと後がしんどいんだけどね」
とっておきの――
ということは、おそらく炎系の最上位攻撃魔法か。
ミュゼットは僕から少しだけ離れ、パンチを繰り出し続けるハイオークの方を向いた。
そして瞳を閉じ、精神統一して詠唱を始めた。
「偉大なる灼熱の神にして冥府の門番ジャウストよ――!
我れの手に紅蓮の力と久遠の炎を――!!」
『 地 獄 の 業 火――――!!! 』
中二病全開な魔法詠唱――
が、それをするのがミュゼットだと、まったく痛く見えない。
むしろ一瞬目を奪われてしまうぐらい、魔法でハイオークに立ち向うミュゼットの姿は様になっていた。
当然その威力も凄まじい。
ミュゼットが『地獄の業火』の詠唱を終えた途端、ハイオークの真下の地面が網目状にひび割れ、そこから真紅のマグマが天にも届く勢いで吹き上がった。
それは僕が今まで見てきたディスプレイに映し出されるゲームのCGとはまったく違う、魔法によって生み出されたリアルで凄絶な炎の嵐だった。
ハイオークの巨体はたちまちその火柱に包まれ、その最後の咆哮も、燃え立つ炎の轟音によってかき消されてしまう。
すべてを焼き尽くす『地獄の業火』はその後数分間、荒れ狂うように燃え続け――
炎が消え去った時には、一体のハイオークが、この異世界から跡形もなく消滅していたのだった。