(12)
そこにいた誰もが“まさか!!”
と、思ったに違いない。
最悪の事態を想定していたレーモンだって、驚きはあったはずだ。
しかしさすがというべきか、みんなが浮き足立つ中、もっとも早く反応したのもそのレーモンだった。
表情一つ変えずに、大声で竜騎士たちに呼びかける。
「副官は――マティアスはどこか!!」
不幸中の幸い、追い払われた兵士たちは少し離れた場所に集結していて、ティルファの話を聞いた者はいなかった。
もしロードラント軍全滅の報が知れたらたいへんだった。
経験の浅い兵士たちは慌てふためき、大混乱に陥ったに違いない。
レーモンの呼びかけに応じ、すぐに一人の騎士――副官のマティアスがこちらにやって来た。
マティアスは切れ長の目をした冷たい感じの男で、他の竜騎士とは違う赤銅色の甲冑を身に付けていた。
副官だから、この護衛軍の中ではレーモンの次に偉い人ということになるのだろう。
「レーモン様、お呼びでしょうか」
と、マティアスが頭を下げる。
「全軍コノート城まで退却。即座にだ」
レーモンが短く命を下した。
もはやアリスの意見など聞きもしない。
「はッ」
マティアスは短く返事をすると、馬に乗り、合図を送って竜騎士たちを一堂に集めた。
命令に従い、全軍撤退の準備に取り掛かったのだ。
なにしろ兵士は二千人近くいる。
素早く、かつ、無事に撤退させるのはかなり難しい仕事だろう――
と思ったのだが、そこはエリート揃いの竜騎士団。
指示を受け素早く散らばると、バラバラだった兵士たちを瞬く間にまとめ上げてしまった。
それはまったく見事な手際としか言いようになかった。
もし僕が竜騎士としてこの世界に転移したとしても、とてもこんなマネできない。
結局、単なる普通の一兵士という身分が、自分にはお似合いだったということか。
一方アリスは、レーモンと竜騎士が着々と撤退準備を進めている間、ティルファを質問攻めにしていた。
「ティルファ、いったい何があったのだ!!」
「そんなことより、アリス様、一刻も早くここからお逃げを――」
「いや、まだ周囲に異変はない。それに兵士たちが撤退する準備も整ってはいない。だから先に事情を話せ!」
「……わかりました」
と、ティルファもあきらめてうなずく。
「第一、二軍団の兵はどうしたのだ? 彼らはいったいどこにいる?」
「それは――なんと申し開きすればよいのか……。完全に謀られました」
ティルファが悔しそうに言った。
「我々は敵の術中に陥ったのです」
「どういうことだ? 先日わが軍は連戦連勝、勝利は間近だと報告を受けたばかりだぞ」
「それが敵の罠でした。三日ほど前、先行する第一軍がイーザの主力の騎馬隊と交戦しました。第一軍はこれを撃破し敵は敗走、エルデン将軍が追撃を命じました。そうして翌日、再び第一軍がイーザと接触し完膚なきまでにこれを蹴散らしたのです」
話を続けるティルファの体は、小刻みに震えていた。
「これを好機と捉えたエルデン将軍は我々第二軍と呼応し、退却するイーザの兵を追って一気に全軍でイーザの拠点になだれ込んだのです。しかし――」
「しかし――?」
「敗走していたはずのイーザ騎兵たちが踵を返し、こちらに突撃してくるではありませんか。当然、我々はそれを敵の最後のあがきと思い応戦しました。ところが実は最初に敗走したイーザ兵は囮で、奴らは主力を後方に温存していたのです」
敵の陽動にまんまとひっかかったというわけか。
そういえば昔、そんな戦術を三国志かなんかで読んだっけ。
攻撃側が強ければ強いほど、陥りやすい罠だ。
「その上イーザは谷底を囲むように巧みに陣地を敷いていました。知らぬ間に我々はその中へ中へと誘い込まれたのです。
やつらの装備はごく簡素――しかしその分動きは驚くほど身軽でした。我々重装の騎兵は前後左右から攻撃を受け、分断され、ろくに動くことも出来ずないまま敗れ去りました」
「なんと無様な。ロードラントの竜騎士ともあろうものが!」
アリスの美しい顔が怒りに満ち、白い頬がうっすらと赤くなる。
「……混戦の中でエルデン将軍は流れ矢に当たって命を落とされました」
「なに!? エルデンが死んだだと!」
アリスはしばし絶句し、それから聞き返した。
「……あの歴戦の勇者が? ゴートと勇猛に戦ったあのエルデンが?」
「……はい」
「では第二軍のヴィクトル将軍は? お前の父のヴィクトルはどうした!!」
その名前を聞いて、ティルファの目に涙が光った。
そこでもう、ヴィクトル将軍の運命は予想がついた。




