(4)
リナは男爵から手を放し、僕に詰め寄った。
「それってどういうことですか、ユウトさん!! まさかミュゼットさんはハイオークに自分を食べてもらいたいとでも?」
「ええ、まあそういうことです。でも実際はそうはなりませんから、その点は安心してください。ただ――彼女も気づいていない別の危険性はあります」
「????」
「いずれにせよ、結界はもう少しで破ることができそうですので、ちょっと静かにしていてくださいね」
状況を全く飲み込めていないリナと男爵は放っといて、僕は『炎の壁』に向かって、ひたすら『ブレイク』をかけ続けた。
その甲斐あってか、炎の高さはだいぶ低くなってきた。
急がなくては!
すべて計算し尽くされた、ハイオークを倒すためのミュゼットの戦いの方程式――
一見完璧に思えるその式の過程にも、しかし、たった一つの重大なミスがあった。
そしてそれは、結果的にミュゼットの命を奪いかねない致命的な誤答を導き出す可能性があるのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ダメダメダメ――!」
ショートパンツを脱がされまいと、ハイオークの手の中でバタバタ暴れ狂うミュゼット。
あまりに抵抗が激しいので、ハイオークもついにミュゼットを裸にすることを諦めたようだ。
というか、一刻も早く食事にありつきたいあまり、細かい作業が面倒になってきたのかもしれない。
ハイオークはミュゼットを壊れ物を扱うような手つきで優しくつまみ、自分の顔の前に持ってきた。
それから、なぜか律儀に、
「イタダキマス……」
と言い、ミュゼットを丸ごと味わおうと、大きな大きな口を目いっぱい広げた。
ところがその瞬間、ミュゼットの目つきがサッと一変した。
それは、捕らえたターゲットを確実に殺せると判断した暗殺者の瞳だった。
「悪ぃ!」
ミュゼットが叫ぶ。
「この時を待ってたんだよね!」
ミュゼットのセリフを聞いたハイオークの動きがいったん止まる。
そこへすかさず、ミュゼットが指を前へ突きだして魔法を放った。
『フレイムショット――!!!!』
ミュゼットの渾身の魔力を込めた炎の弾丸。
ほぼゼロ距離で発射されたその弾丸は、一瞬でハイオークの口の中に飛び込んでパッと消滅し――
同時に「ボコンッ」とくぐもった爆発音がして、ハイオークの頭は内部から瞬く間に燃え上がったのだった。
口内に打ち込まれた『フレイムショット』よって頭部を破壊されたハイオークは、断末魔の叫びを上げることすらできず、ドシンと膝をついた。
「やったね! 一丁上がり!」
ミュゼットは軽口をたたきつつ、倒れかかるハイオークの手の中からするりと抜け出して、空中に高々ジャンプした。
そしてそのままくるりと二回転半宙返りを決め、二本の足をピッタリそろえて美しく着地した。
「正義は勝つ!」
地面に横たわるハイオークを背景にして、ミュゼットは僕たちの方を向いて高らかに叫ぶ。
が、ハイオークに服を破られ上半身はほぼ裸。
なのでミュゼットは丸見えになった薄い胸を左手で隠しながら、右手でVサインをきめた。
僕が『炎の壁』を破ることに成功したのは、それとまさに同じタイミングだった。
繰り返し『ブレイク』をかけ続けたことが功を奏し、炎は鎮火し、結界はようやく解除されたのだ。
「うえっ!」
ミュゼットがびっくりして大声を上げた。
「ボクの『炎の壁』を解いちゃうなんて、アンタ何者? すげーじゃん! ま、今さらだけどさ――」
「ミュゼット!」
僕は必死に叫び、彼女に向かってダッシュした。
「危ない!!」
「――え!?」
ミュゼットは僕の言葉に一瞬キョトンとした。
が、すぐに背後に何か大きな気配を感じ、後ろを振り向いた。
そこにあったのは――
「ウソ……!」
顔を燃え上がらせながら再び立ち上がる、ハイオークの巨体だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
何もかも計算済みだったはずのミュゼット唯一の誤算。
それは実際に戦ってみた者しか分からない、脳を半ば破壊されても動くことができる、ハイオークの折り紙つきの並外れた耐久力だった。
結局、彼女は自分の強さと頭の良さに慢心し、ハイオークとの戦いは“舐めプ”に終始していた。
だからこそ最後の最後で油断して、足をすくわれる結果になってしまったのだ。