(1)
僕はリナとグリモ男爵に理由を簡単に説明した。
「実はお二人が戦いの様子に気を取られている間、この『炎の壁』を打ち消すため何度か『ブレイク』という白魔法を唱えてみたんです。けれどミュゼットの魔力が強くて、どうしても壁を壊すことができませんでした。かといって無理にでも乗り越えようとしたら、みんな確実に焼け死にます』
「あら、それならユウちゃん」
と、男爵が言った。
「ここから壁越しに魔法を唱えればいいんじゃない? ミュゼットまで届く何かいい魔法はないの?」
「いいえ男爵様、それも残念ながら無理なんです。このファイアウォールはただの炎の壁じゃない。強固な結界になっていて、僕がどんな魔法を使おうがすべてかき消されてしまいます」
「ええっ、そうなの!?」
「はい、つまり今、ミュゼットさんとハイオークは高い壁に囲まれた箱庭の中で戦っているようのもので、こちらからは一切手出しができません。だから何とか彼女に結界を解除してほしいんですが……」
「そうよねぇ。でもあの子、意地っ張りだから……」
男爵が顎に手を当ててため息を漏らす。
すると、僕と男爵の会話を聞いていたリナが、突如壁の前に駆け寄りミュゼットに大声で呼びかけた。
「ミュゼットさん!! いいですか? ハイオークの弱点は頭ですよ!! そこをよーく狙ってください!!」
「んー!」
ミュゼットは相当疲れが出てきらしく、はぁはぁと肩で息をしながら返事をした。
「そんなことボクもとっくに分かってるよ~。でもコイツ、頭に魔法を当ててもビクともしないんだもん!」
その通り、確かにミュゼットは、さっきから『フレイムショット』の炎の弾丸をハイオークの顔と頭に何発か命中させていた。
が、それでもハイオークはへっちゃらだった。
おそらく、特効武器の『オーク殺し』ですら貫通できなかった固い皮膚と頭蓋骨に阻まれ、唯一の急所である脳まで炎の弾丸が届いていないのだろう。
となると、今のままでは限りなくまずい。
ミュゼット一人では、ハイオークは絶対に倒せないということからだ。
僕は『炎の壁』を破壊することをいったんあきらめ、ミュゼットに向かって叫んだ。
「ミュゼットさん、早くこの結界を解いてください! 僕が助太刀しますから! でないとたいへんなことになりますよ!」
けれど――
「ヤダ! それだけは絶対ヤダ―!」
ミュゼットはハイオークの攻撃から必死になって逃げ回りながらも、その申し出を断固として拒否したのだった。
「どうして!」
このままだと確実に負けるのに、ミュゼットはなぜそこまで意固地になるのだ?
王の騎士団としてのプライドが許さないのか、それとも何か別のワケが――?
今一つ理由が分からず頭を抱えていると、ミュゼットの悲鳴が聞こえてきた。
「きゃあっ!」
言わんこっちゃない。
ジャンプしようとした際、ハイオークのパンチで出来たクレータの一つに足を取られて、地べたにすっ転んでしまったのだ。
「イタタ……」
ミュゼットは顔をしかめ、ふくらはぎ辺りをさすっている。
どうやら足をくじいて、ほとんど動けないらしい。
「んもー! 外野がうるさいから気が散ってコケちゃったじゃん!」
八つ当たり気味に叫ぶミュゼット。
それを見たハイオークが攻撃する手をピタリと止めた。
もう急いで獲物の息の根を止める必要はないということだろう。
ハイオークは「グルルル」と不気味に喉を鳴らしながら、ドシンドシンと重い足取りでミュゼットに近づいていく。