(11)
「おっとっと」
だがミュゼットは、オリンピックの新体操の選手さながらの華麗でアクロバティックな動きで、ひらりと体を後方に回転させ、このハイオークの必中の一撃をかわした。
「そんな遅いんじゃ、いつまでたっても当たんないよ~!」
煽るミュゼットにハイオークの怒りが加速する。
ただでさえ恐ろしい顔に鬼の形相が浮かび、「グルルルルルッ」という唸り声がいっそう荒くなった。
とはいえハイオークも、今のままではすばしっこいミュゼットを捕らえられないと考えたらしい。
今度は戦斧を水平方向に持ち替え、ハエ叩きかモグラ叩きでもするかのように、ミュゼットを連打で叩き潰す戦法に出たのだ。
確かに体の小さいミュゼットに対しては、斧の刃でピンポイントで切りつけるより、こちらの攻撃方法のほうが有効かもしれない。
つまり、ハイオークも本気でミュゼットを殺すつもりになったのだ。
ミュゼットを狙い戦斧を全力で地面に叩き付けると、その度に「ドシンドシン」という凄まじい音が周囲に響き渡った。
「もう、危ないなあ――!」
ミュゼットはその“ハエ叩き”から跳ねて逃げながら叫んだ。
「これじゃあ霧の中で待ってるみんなが驚いちゃうじゃん!」
まだゆとりがあるような口ぶりだが、それでもミュゼットは次第に岩場の端の方に追い詰められていった。
背後は高い岩壁で行き止まり。もう逃られる場所は少ない。
と、そこでミュゼットは突然動きを止めた。
斧を振り上げるハイオークをにらみ、冷たく叫ぶ。
「あーあ、それにしてもほんと単調な攻撃だね。――じゃあそろそろこっちの番だね!」
その言葉と同時にミュゼットの体が赤い炎に包まれた。
――いや違う。
炎に見えるのは、ミュゼットが発する凄まじい魔力を秘めた真紅のオーラだ。
「いっくよー」
ミュゼットはハイオークを狙って、人差し指を突きだし右手をピストルの形にした。
魔力オーラがその白魚のような指先に集中的に集まる。
『フレイムショット――!!!』
次の瞬間、ミュゼットの指からサッカーボール大の炎の弾が出現し、ハイオーク目がけ一直線に速射された。
「燃え尽きちゃえ!」
不敵な笑みを浮かべ、叫ぶミュゼット。
あまりに巨体過ぎて、ハイオークはミュゼットの魔法を避けるすべを持たない。
炎の球の格好の的だ。
そのほんの二秒後――
「ボンッ!」という腹の底に響くような爆発音を立て、炎弾はハイオークの胴体を直撃した。
同時に、赤い炎が一気に燃え上がって、熱風がハイオークの体を包み込む。
その威力のすさまじさは、ここから見ても十分わかった。
「んーあっけないなあ」
と、ミュゼットもつまらそうに言う。
呑気にあくびでもしそうな感じだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『フレイムショット』
敵一体を攻撃する炎の弾。
ミュゼットほどの使い手なら、手ごわいモンスターをたったの一撃で倒すことも可能だろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「やりました……よね?」
と、リナが僕に聞いてきた。
事実、炎の結界の外側から見ていていも、ミュゼットの勝利は一見確実に思えた。
しかし――
「いや、まだハイオークには全然堪えていませんよ」
僕は答えた。
「リナ様も、ハイオークのタフさを知っているでしょう? それにあの黒い鎧の防御力も」
そう言い終えた途端。
ハイオークは炎と煙を振り払うかのように、「ドシンッ」と重い一歩を踏み出した。
おそらく、ほぼ無傷だ。
ミュゼットもそれを見て、「ええー!」と目を丸くして驚いている。
が、怯える様子は微塵もない。
それどころか、逆に快哉して叫んだ。
「そうこなくっちゃ! じゃあ次の魔法――『フレイムソード!!』」
すると、今度はミュゼットの手の中に、長さ3メートルはあるかという炎の剣が現れた。
それから――
「てやーっ」
と、勇ましくもかわいらしい掛け声を上げながら、ミュゼットは魔法で作られた炎の剣で、ハイオークに真正面から切りかかったのだ。