(8)
あのとてつもなく強靭でやたら手ごわい敵、ハイオークがまたしても僕たちの眼前に――
リューゴたちの陽動作戦に引っかからず、その上霧の外で待ち伏せまでしているとは、どうやら思った以上に奴の知能は高いようだ。
……いや、感心している場合ではなかった。
それだけ厄介な敵なわけだし、デュロワ城へたどり着くためにはどうしてもこの道を通るしかないのだ。
でも、いったいどうやって戦えばいい?
昨日だって、マティアスと竜騎士、エリック、それに僕とリナが協力し合って、甚大な被害を出しつつようやく倒した相手なのに……。
今の状況と戦力で、真正面からぶつかって奴に勝てるはずはない。
やっぱりこのまま進むのは無理か……。
そう考え直した僕は、横にいるミュゼットに話しかけた。
「あの、ミュゼット様」
「は? ……様?」
「一つ提案があるのですが――」
「いやいやちょっと待ってよ。“様”ってなによ、“様”って」
ミュゼットはそう言って、いきなり笑い出した。
「ハハハ……あのさ、ボクのこと“様”つけて呼ぶ人なんて、たぶんこの世でアンタだけだよ」
「え? どうしてですか」
僕は意外に思って聞き返した。
「あの、失礼ながらミュゼット様は貴族……でしょう? なにしろ王の騎士団のメンバーなんですから」
「違うよ。ボクは庶民も庶民、ド庶民の出身」
と、ミュゼットは鼻をこすって言った。
「あのさ、王の騎士団は完全な実力主義だから生まれや育ちなんか一切関係ないの。まー中には副隊長のクロードみたいな生粋の貴族もいるけどね」
そうだったのか。
このドサクサで忘れていたけど、そういやグリモ男爵も同じようなことを言ってたっけ。
「でさ、んなことどうでもいいから、提案ってナニ?」
と、ミュゼットが訊く。
「ああ――あの、いま僕たちがハイオークと戦うのはどう考えても無理なんで、何とかここを迂回してデュロワ城を目指してはどうかと……」
「え、つまりあの化け物を避けて別の道を探すってこと? それ本気で言ってるの?」
「もちろんそうです」
「ないない。ありえないよ」
ミュゼットは手を左右に振って否定した。
「だってさ、ボクたちのうしろに兵士たちがずらっと列を成して付いてきてるのに、今さらどうやって方向転換するのさ? しかも霧の中を。時間だってめちゃくちゃかかるよ」
「それでもあのハイオークと戦うよりはマシでしょう」
「へえ、アンタさあ――」
ミュゼットが馬鹿にしたように笑う。
「恐いんだ。あのデカいのとやり合うのが」
「待ってください。ミュゼットさん!」
突如ミュゼットの発言を遮ったのは、霧の中を手探りで来たリナだ。
「ユウトさんがハイオークを恐れているなんてとんでもないです!」
「ちょっと! 勝手に先に行かないでよ! アタシたちは前が見えないんだから」
と、そのそばでは男爵がプンプンしている。
……男爵はともかく、リナの口調は強い。
僕をまた庇ってくれているのだ。
「いいですか?」
と、リナはミュゼットに熱く語る。
「ユウトさんは、昨日命がけでハイオークと戦ってみんなを助けてくれたんですよ!」
「へえー、そうだったんだ」
しかし、ミュゼットは感心なさげに答えた。
「じゃあさ、今日は黙って見物してていいよ。あんなの、ボクが一人でやっつけちゃうから」
「ええっ! いや、それはいくらなんでも無謀じゃ――」
僕はミュゼットを慌てて引き止めようとした。
が、その前に、ミュゼットは霧の外へ向かって一気にダッシュしてしまった。
おいおい、何考えてんだ!
ミュゼットがいくら強くても敵はあのハイオーク。
相手が悪すぎるし、その上たった一人で戦うだなんて進んで命を捨てに行くようなものだ。