(11)
さっきは誰にも知られず、また注目もされず『スキャン』の呪文を唱えることができた。
しかし今はアリスやリナ、それにレーモンなど衆人環視の中で魔法を使おうとしている。
――そこだ!
思えば現実世界の自分も、人前で何かをする時、緊張しすぎて失敗することが多々あった。
つまり今、誰の目を気にせず落ち着いて魔法を唱えれば……。
僕は一度深く深呼吸し、目をつぶった。
アリス、リナ、レーモン――魔法の対象者であるティルファ以外の、周囲にいる人の存在を消す。
自分はこの人を救う。
回復役として、絶対に助ける。
そう意識しながら、僕は右手をティルファの上にかざす。
『クリア!』
途端に、美しい緑の光が手の平から溢れだし、ティルファの体を包み込む。
「おお……」
周囲から自然と声が上がる。
やった! 上手くいった。
土気色をしていたティルファの肌に、みるみる血の気が戻ってきた。
よし、ここは一気に――
『リカバー!』
今度は白い光が、ティルファを包み込む。
さっきマリアが発した『リカバー』の光よりずっと強い。
「アリスさま。ティルファの傷口がどんどんふさがっていきます!!」
リナがうれしそうに叫んだ。
「ユウト、すごいぞ。すごい魔法だ」
アリスはまるで子供のようにはしゃぐ。
シスターマリアは信じられない、といった風に目を丸くしている。
そしてレーモンでさえも、一瞬驚きの表情を浮かべた。
……もっとも彼だけは、すぐに元の偏屈そうな老将の顔に戻ってしまったが。
とにかく、これでティルファの傷はほとんど治った。
次に、肩に刺さった矢を抜くことにする。
僕は矢柄を握り、ぐいっと強く引っ張った。
「ううっ」
意識が戻りつつあるのか、ティルファは低くうめき、苦悶の表情を浮かべた。
それでも構わず矢じりを傷口から引きずり出す。
再び血があふれ出てきたが、もう一度『リカバー』をかけるとそれもすぐに治まった。
これで完治だ。
そして目の前に現われたのは、美しいティルファの裸体――
「!!!」
僕は急に恥ずかしくなって、横を向いた。
だが、周りに集まっていた兵士たちは、そんな遠慮は持ち合わせていない。
みんなニヤニヤしながらティルファの裸を眺めている。
「まったく、下衆どもが」
レーモンがそれに気づき、舌打ちをして兵士たちを追い払いにかかった。
「バカ者ども。全員隊列に戻れ!! もうじき出発だ」
怒鳴られた兵士たちは、しぶしぶその場から散っていく。
――そういえば僕も普通の兵士だったんだ。
急にそれを思い出し、立ち上がってエリックたちの所に戻ろうとした。
「おい、どこに行く!」
アリスが慌てて僕の腕をつかんだ。
「お前はここにいていいのだ」
「で、ですが……」
その時、僕はすでに我に返っていた。
偉い人たちに囲まれていることが、急に怖くなったのだ。
「ユウト、お前、そんなに素晴らしい魔法の力を持っているのに、今までどうして単なる兵士でいたのだ?」
アリスはつかんだ腕を離さない。
「本当にそうですよ」
と、リナがティルファに毛布を掛けながら、僕の方を向いた。
この異世界に来て、初めてリナと間近で目が合う。
美しく澄んだ瞳だ。
リナと理奈――やっぱり二人はどこからどう見ても同一人物。
僕は急に現実世界での理奈を思い出し、悲しく複雑な気分になった。
が、異世界のリナは、もちろん僕のことなんかまったく知らない。
つまり今が初対面ということだ。
「軍や宮廷でもっと重用されてもおかしくないのに……」
と、リナが言う。
「それは、その……」
僕は口ごもってしまった。
その点、どうにも説明しようがないからだ。
「まったくだな」
アリスが憮然として言った。
「よし! ならば今からユウトは私付きの魔術師とし、私と行動を共にする。これは命令だ。よいな」
「アリス様、お待ちを!」
と、レーモンがとんでもない、という口調で言った。
「なんだ! またか、レーモン」
アリスが再びレーモンをにらむ。
「そのような素性の知れぬもの、いきなり側近にするわけには!」
「黙れ、お前もユウトの力を見ていただろう!」
「いや、しかし!」
と、レーモンがアリスを必死に説得しようとしたその最中――
ティルファが突然目を覚まし、叫んだ。
「アリス様!! 一刻も早くここからお逃げください! 一軍二軍はすべて壊滅し、敵は間近まで迫っています!」
一瞬、その場にいた全員が凍り付いた。