(6)
そういえば――
僕はふと、初めての魔法で女騎士ティルファの傷を治した時のことを思い出した。
あの時、彼女はうわ言のように「お兄様に会いたい、お兄様に会いたい」と、繰り返していたっけ。
あれはこの竜騎士、クロードのことだったのだ。
確かにこんなに素敵な“お兄様”がいたのなら、つらい時苦しい時に頼りたくなる気持ちも分かる。
しかし、どうしたものか?
ティルファがあんな状態になってしまったことを、今、クロードに正直に話すべきか?
……うーん、あまり気が進まない。
とはいえ、このままデュロワ城に行って二人が再会すれば、クロードはおのずと妹の深刻な病状を知ってしまう。
「あの、もしかしたら、ティルファ様はクロード様の……?」
と、僕は一応確認した。
「ええ、私のたった一人の妹です」
「やっぱりそうでしたか。――ティルファ様は重傷を負いながらもアリス様の元へ参じ、ちゃんと使命を果たされましたよ」
「重傷!?」
話を聞いたクロードの顔色が変わる。
「それで妹は!? どうなったのですか?」
「ご安心ください。偶然その場に居合わせた僕が魔法で治療しました。ティルファ様は今、デュロワ城で休んでおられます」
「おお、そうだったのですか! それはよかった!!」
クロードは叫んだ。
「しかしまさかユウト君が妹の命の恩人だったとは。どうやらお礼をすべきだったのはユウト君ではなく私の方でしたね。本当にありがとうございました」
言えない。
やっぱり自分には言えない。
ティルファの無事を知り心から安堵するクロードを見て、僕は言葉を失った。
妹思いのクロードが、お城に着いてティルファの本当の病状を知った時、いったいどれだけのショックを受けるだろうか?
想像するだけで気が重くなる。
「ほらあ、二人ともサボらないサボらない」
大いに喜ぶクロードとすっかり暗くなってしまった僕に、ミュゼットが声をかけてきた。
「回復魔法が止まってるよ~」
……ミュゼットの言う通りだ。
とにかく今は残りの兵士を治すのが先決。
ティルファの病状について、クロードには、デュロワ城に戻るまでの間に話しておこう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それからしばらくして、僕たちはすべての治療を終えた。
ケガをした全員がゆっくり歩けるまでに回復し、出発の準備も整った。
だが、年齢のせいかレーモンだけはいまだ立ち上がるのがやっとの状態で、誰かと一緒に馬に乗ることも難しかった。
そこで話し合いの結果、トマスがデュロワ城までレーモンを負ぶって運ぶことになった。
「トマスさん、どうか叔父様を頼みます。まだお怪我があるのに申し訳ありません」
リナが、レーモンを背中にしょったトマスに声をかける。
「マカセテ、マカセテ。ケガはユウトがナオしてくれたから」
トマスが巨体を揺らしながら、うなずいて笑う。
実際、エリックと共に昨日から戦い続けたトマスは全身にかなりの傷を負っていた。
が、僕が『リカバー』をかけたところ驚異的な回復力を見せ、ほとんど体力満タンの状態まで治癒したのだった。
「じゃあ、そろそろいくね!」
頃合いを見計らい、ミュゼットが元気な声で言った。
そして、どこからともなく小さな横笛を取り出した。
「ボクが先頭に立って、これを吹きながら霧の中を進むから、よーく聴いていていてね」
ミュゼットが小さなピンク色の唇に笛を当て、かすかに息を吹き込む。
すると――
小さな子笛から流れ出すのは、世にも美しくはかないしらべ。
古くから伝わる故郷の音色。
これがグリモ男爵が考えた作戦の最後の〆。
ミュゼットが奏でるこの笛の音で霧の中みんなを誘導し、無事にデュロワ城まで辿り着こうというのだ。




