(4)
クロードはレーモンの体をつぶさに観察しながら言った。
「根本的に悪い部分を――まずはその切断された足をつなげないと、レーモン公爵は危険な状態を脱することはできませんね」
「え……?」
一度切れた人間の肉体と肉体をつなぐって、手術するわけでもあるまいし、そんなことできるのか?
少なくとも僕の『リカバー』の魔法では無理だ。
「私がやってみましょう、あの、切れてしまったレーモン公爵の足は――ああ、これですね」
クロードはそばにあったレーモンの足の部分を見つけ、ひょいと持ち上げると、巻かれていた布を取って、それを腿の部分の切断面と合わせた。
それから魔法を唱えた。
『リペア!』
クロードの手からあふれる赤い光。
その光は、ドロッとした液体状になって、切れた足と腿の隙間に流れ込んでいった。
さらにそれから数秒、液体の光は固まり始めた。
外から見ていても肉と骨をつながっていくのが分かる。
すごい。
僕は目を見張った。
まるで瞬間接着剤だ。
「これでいいでしょう」
と、クロードはレーモンの足が完全につながったことを確認し、ほほ笑んで言った。
「あとはユウト君、あなたの魔法でレーモン公爵を回復してあげてください」
「――僕が?」
「回復魔法は私より、あなたの方がずっと上ですよ。私はたまたま『リペア』の魔法を覚えていただけですから」
クロードはあくまで控えめだ。
この人も貴族なんだろうけど、まったくそれらしくない。
すごく感じのいい人なのだ。
「わかりました」
僕は言われた通り、レーモンにもう一度『リカバー』の魔法をかけた。
すると、今度は確かな手ごたえがあった。
次第に、レーモンの顔色に血色が戻ってくる。
閉じていたまぶたがぴくぴく震え――
「……叔父様!!」
薄っすらと目を開けたレーモンを見て、リナがまた涙を流す。
今度はうれし涙だ。
「……リナか」
偏屈な老人の顔に、かすかな笑みが浮かぶ。
見ているだけで涙を誘うような感動的な対面シーン。
普通ならここでとりあえず物語は一区切り、映画やドラマなら、このままエンドロールに突入してもおかしくないが――
現実はそうはいかない。
これからもずっと危険と困難が続くのだ。
レーモンも周囲に大勢の人がいるのに気付き、たちまち元の厳しい顔つきにもどってしまった。
さらに僕を見つけて、口をへの字に曲げて叫んだ。
「む! ユウト!」
「ご安心下さい」
が、僕は機先を制して言った。
「アリス様はちゃんとデュロワ城に送り届けました。高い城壁に囲まれ、当分の間は安全でしょう」
「むむ!」
唯一の心配事が解消され、レーモンはそれ以上もう何も言えなくなったようだ。
プイと横を向き、僕から視線を逸らしてしまう。
「まったく……ユウトにお礼の一つぐらい言いやがれよ」
それを見ていたエリックがぶつくさつぶやく。
「命がけで戻ってきたのは分かっているだろうに、まったくこのジジイは――」
「エリックさん!」
それを聞いていたリナが、思わず立ち上がってエリックをにらんだ。
「叔父様に――公爵様に向かってそんな口をきいて、いくらなんでも失礼です!」
「おっと、ついつい口がスベっちまった。こりゃまたご免なさいよ」
そう言いながらも、エリックはヘラヘラしてまったく悪びれていない。
が、レーモンはそれを聞いて怒る様子はなかった。
むしろ諭すようにしゃがれ声でリナに言った。
「……もうよい、リナ。その男には好きなように言わせておけ。――それよりお前は速くここから脱出し、動ける者を連れてデュロワ城に戻るのだ」
「え!? 叔父様は? 叔父様はどうなされるのですか?」
「傷は多少回復したようだが、まだまともに立ち上がることもできぬ。さりとて皆の足手まといにはなりたくない。だからこのままここへ置いていってもらう」
「おいおいおい」
エリックがあきれたように叫んだ。
「せっかく助かったのにそりゃないだろ! そんなこと許せるかよ。俺はジジイを戸板に括り付けてでも一緒に連れて行くぜ」
「まあエリックさん! また“ジ……ジジイ”だなんて汚い言葉を使って!! 助けてくれたのは有難いですが、それとこれとは話は別。叔父様にちゃんと謝って下さらないと、本気で怒りますよ!」
……どうもゴタゴタしてきた。
今は言い争っている場合ではないのに、どうしてみんな同じようなことを繰り返してしまうのだろう?
結局、問題の根本は――貴族と平民という理不尽な身分制度にあるんじゃないだろうか?
しかしこの異世界において、その垣根を取っ払うのは限りなく難しい。
少なくとも僕だけの力ではどうしようもないことだ。
そう一人で嘆息していると――
パン、パン、パン、と大きく手を叩く音がした。
遅れて丘を登って来たグリモ男爵だ。
「はいはい!! そこまでそこまで!! みんなさん、いい加減にしてちょうだい。周りにはケガで苦しんでいる男子が一杯いるっていうのに、何のんきに喧嘩しているのよ! それに見てみなさい、あんな子供が頑張っているのよ」
そう言って男爵は、えんじ色の頭巾を被ったミュゼットを指差した。
ミュゼットは大勢の負傷者の間を飛び回り、手当たり次第『リカバー』をかけまくっている。
「ほらほら、次はどの人かな~? ボクが魔法でちゃっちゃっと治してあげるからね~」
事態の深刻さを感じさせない、ミュゼットの無邪気で無防備な振る舞い。
その姿はどこかお転婆な天使を連想させた。
でもミュゼットは最初、“ボクは炎系の攻撃魔法が得意”と自己紹介してたはず。
なのに初歩の回復魔法も使えるとは……。
クロードの『リペア』の魔法といい、さすがは王の騎士団の一員と言うべきなのか。
とにかく、そんなミュゼットを見て全員沈黙してしまったのだ。