(2)
僕もリナを追いかけるようにして丘の上に登った。
するとそこは、辺り一面の修羅場と化していた。
数百のロードラント兵のうち、無傷な者はほとんどいない。
ざっと見た感じ、何とか動けそうな人は三分の二ぐらい。
残り重症者ばかりで、みんな地面しゃがみ込んだり横になったりしている。
その光景は激しい戦いの後の野戦病院さながらだ。
「みなさん、大丈夫ですか――? お怪我は――?」
そんな中、リナが何かできることはないかと、ボロボロの兵士に次々声をかけていく。
だが兵士たちは一応は返事をするものの、リナに対する態度は微妙と言うか、かなり冷淡だった。
それもそのはず。
なにしろ兵士たちは昨日、リナがアリス王女の影武者となり、戦場から逃げて行くシーンを目撃しているのだから――
もちろんリナは、叔父であるレーモン公爵の命令に従ったまでだ。
しかし見捨てられた側の兵士たちにとっては、そんなこと関係ない。
みんな心の中では、リナのことを“絶対に許せない女”、と思っているに違いない。
当然、その冷たい空気はリナにも伝わる。
リナの声はだんだんと小さくなり、しまいにはしょげて泣き出しそうな顔になってしまった。
これはちょっと黙って見ていられない。
リナだって昨日のことを反省してここに戻ってきたのに、いくらなんでも可哀そうだ。
僕は何とかフォローしてあげようと思いリナに近づいた。
と、その時、一人の傷だらけの男が叫んだ。
「おい野郎ども、こんなカワイイ娘に向かってそんな顔するんじゃねえ! それにこの子にも色々事情ってもんがあるんだ。少しは察してやれ」
「エリック!」
リナを庇ったのはエリックだった。
顔は血と泥まみれで汚れてはいたが、他の兵士と違って鋭い眼光と生気は失ってはいない。
「ユウト! ユウトじゃねーか!」
エリックが僕に気付き、駆け寄ってきた。
「もしやとは思ったが、この霧、やっぱりお前の魔法だったか!」
エリックは僕の手をぎゅっと握った。
感極まったのか、声は震え目には熱い涙を浮かべている。
「俺は信じてたぜ!!」
「エリック、置き去りにしてごめん」
と、僕は言った。
「自分だけ生き延びるつもりはなかったんだ」
「おいおい、そんなことは分かっていたぜ。お前が竜騎士どもに無理やり連れてかれたのは俺も見ていたからな。――それで、アリス王女はどうした? 無事か?」
「ああ、なんとかデュロワ城まで送り届けたよ。色々あったけど……。あの、トマスさんは?」
「ああ、あっちに座り込んでいる。人の十倍ぐらいタフな男だから命に別状はないが、今回ばっかりはさすがに堪えたようだぜ。なにしろたった一人でみんなの矢面に立っていたからな」
「じゃあ、急いで回復するね」
「ああ、頼むぜ。だが、その前に診てほしい人がいる。あのジジイ――レーモンのことだ」
レーモン公爵をジジイ呼ばわりか……。
が、レーモンはアリスを助けるために兵士たちを犠牲にしたわけで、それはある意味裏切りに等しく、この土壇場の状況で、騎士と兵士、貴族と平民という身分関係が崩壊してしまったのも当然のことなのかもしれない。
「おーいリナ様、ちょっと一緒に来てください」
と、そこでエリックがリナを呼んだ。
「レーモン公がお待ちですぜ」
エリックはリナに気を使って、真っ先に二人を引き合わせる気なのだ。
ということは、おそらくレーモンの身に何かが起こったのだろう。