(14)
その光景は“追う者と追われる物”というよりも、むしろリューゴたちが敵集団を先導し、どこか別の目的地を目指しひたすら突き進んでいる感じだ。
「男爵様、上手くいきました! すべて作戦通りです」
僕は望遠鏡から目を離して言った。
「敵は包囲網を解いて、王の騎士団を追っていきます」
「ホント!」
男爵が目を丸くして歓声を上げた。
「良かったわぁ。あのイケメン君、いい仕事するわねぇ」
そう――
作戦の第二段階での王の騎士団の役目は、霧のせいで身動き取れなくなった敵の注意を、大きな声と音を出して引き付け遠くに追いやってしまうことにあったのだ。
無敵形態のスキルを使うことは予定になかったが、リューゴが咄嗟に機転を利かしてくれたおかげで、より上手く敵を釣り上げることができた。
「やりました! やりましたよ、マティアス様!」
リナが飛び上がって喜び、さっきからずっと黙って見守っていたマティアスに言った。
「リューゴ様たちがやりました!」
「……そのようだな。あとはまあ作戦もよかった。単純で、わざわざ言及するほどのものではないが」
と、マティアスがつぶやく。
「昔からこいつの立てた作戦が失敗したことは一度としてないからな。それだけは確かだ」
「やぁだ、マティアスがそう言ってくれるなんて珍しい♡」
男爵は元カレに褒められ、やっぱり嬉しそうだ。
「あとユウちゃんの魔法のことも忘れないであげてね。『ミスト』の霧、濃くて白くて量が多くてすごかったわよ」
「……なんかその言い方引っかかりますが、それ程でもないです」
と、僕が答えた矢先。
しらっとした感じの声で横やりが入った。
「あのー、そっちで盛り上がるのは勝手だけどさあ……」
声の主は、リューゴの命令でこの場に残った王の騎士団の一員、えんじ色の頭巾を被ったボクっ娘ミュゼットだ。
「こんな安易な作戦で隊長がミスするわけないじゃん。それよりさあ、ボクたちもさっさと行動した方がイイんじゃね? でないとさっきから見てるだけでツマンんないよ」
「ま、なんですって!?」
と、カチンとする男爵。
「ほらほら男爵様、怒らない怒らない。そんなことだとそのうち下手こくよ。作戦はまだ終わってないんだからさあ」
だが、そう言うミュゼットこそ、ガムをクチャクチャ噛みながら気だるそうに地べたに座り込み頬杖をついている。
その格好が何ともやさぐれた様子で、到底騎士が取るような態度とは思えなかった。
「ミュゼット、いい加減に立ってください! あなたこそ弛んでますよ!」
さすがに見兼ねたのか、そこで、もう一人の王の騎士団の団員、メガネをかけた青年騎士クロード=ド=ロレーヌがミュゼットを叱りつけた。
ミュゼットとは違い、クロードは寡黙で誠実そうな感じの人だ。
「ハイハイ」
ミュゼットはぴょんと立ちあがり、ガムを吐き捨てた。
「じゃあ、いっちょやりますか」
「まあ、はしたない!」
それを見た男爵が眉をひそめる。
「まったく、アタシったらどこで教育を間違っちゃったのかしら?」
教育……ということは、男爵はミュゼットの先生?
あるいは後見人みたいな関係なのか?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それはさておき、いよいよ作戦は最終段階。
最後は結局、この場に残っている六人――
自分、リナ、マティアス、グリモ男爵、ミュゼット、クロード。
このたった六人のメンバーで、霧の中に取り残されたエリックたちロードラントの兵士数百人を助け出さなければならないのだ。