(11)
こうして恋人同士はいったん離れ離れになった。
「リナ様、もはや一刻の猶予もありません。どうか気持ちを切り替えてください」
急に元気を無くしたリナに、僕は言った。
「わかっています、ユウトさん」
と、リナは無理に笑顔を作る。
「取り残された兵士さんたちを早く助けに行きましょう」
「では打ち合わせ通り、草原に出たら敵の周りに大きく円を描くように馬を走らせて下さい。矢などの飛び道具が僕の『ガード』の魔法で防ぎますが、念のために敵とはある程度の距離を保ってくださいね」
「大丈夫、その点もぬかりありません。――じゃあ、最初から飛ばしますよ!」
リナは馬にやや強く鞭を入れた。
すると馬は短くいななき、岩山の影から広い草原に向かって、全速力で一気に走り出た。
前方に見える敵の数はおおよそ1500。
うちコボルト兵が1000、イーザ騎兵が500という人間と魔物の混合軍だ。
この具体的な数は王の騎士団の斥候が、おそらく何らかの特殊能力を使い、短時間で割り出したものだ。
加えて報告では、敵の中に特に注意すべき高レベルの者は見当たらないとのことだった。
それはつまり、昨日僕たちが戦ったイーザ軍の要注意人物――
風の魔法使いセフィーゼ。
その双子の弟の獣使いセルジュ。
将軍ヘクター。
以上の三名はこの戦場にはおらず、本隊の騎兵たちと一緒にどこか別の場所へ撤退したことを意味した。
――大丈夫だ。あの三人さえいなければ作戦はきっと成功する!
僕はそう自分い言い聞かせ、猛スピードで走る馬の上から魔法を唱えるタイミングを慎重に見計らう。
平原を進むうちに馬のスピードはさらに加速し、敵集団の影がみるみる近づいてきた。
そしてその奥、小高い丘陵地の上には、追い詰められた数百人のロードラントの兵士たちの姿が見えた。
あれはエリックに、トマス――!
僕はその中に、さっき声だけ聞いたエリックの姿と、トマスの巨体を確認した。
二人は満身創痍になりながら仲間を庇い、今までずっと戦い続けてきたのだ。
「リナ様、ここから大きく時計回りに馬を走らせて下さい!」
僕は夢中になって叫んだ。
「は、はい!」
リナも必死に応え、馬首を左にめぐらす。
エリックはおそらく僕たちが助けに来たことに気付いていない。
が、今ここで白魔法を使えば、少なくとも僕が近くにいて、何かしようとしていることだけは察してくれるだろう。
と、その時だった。
包囲網を形成していたイーザ騎兵のうち数騎が、後ろに振り向くのが見えた。
どうやら背後から迫る僕とリナを察知したようだ。
しかし、そこはあらかじめ想定済み。
敵が襲ってくる前に、僕はすかさず魔法を唱えた。
『ミスト!!』
その途端に白い霧――というより、まるで積乱雲のような白い煙が周囲にもくもくと湧き上がり、僕とリナを包み込んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『ミスト』
自分の周囲に霧を発生させ、敵の攻撃ミスを誘ったり、その場から逃走したりする補助魔法。
その効力は術者の魔力に比例し、より高まる。