(10)
僕とアリスは、切り株に寄りかかっているティルファの側にしゃがみ込んだ。
毛布にくるまれたティルファはぐったりして、完全に意識を失っているようだ。
「頼むぞ、ユウト。お前が最後の希望だ」
アリスはそう言って毛布をパッとはぎとった。
ティルファはすでに鎧も服も脱がされ、ほとんど裸だ。
うわっっ。
僕はつい顔をそむけてしまった。
ティルファが裸だったからではない。
お腹の大きな傷――おへその辺りが横に大きく裂け、そこから内臓の一部が飛び出ていたからだ。
昔ネットで、間違ってこんな感じのグロ画像を開いてしまったことはあったけれど、生で見るのはもちろん初めてだ。
とても正視できるものではない。
「何をしている。恥ずかしがっている場合ではないぞ!」
と、人の気も知らずアリスがせかす。
「は、はい!」
確かに尻込みしている場合ではない。
ケガで苦しんでいる人に向かって、グロいなんて失礼にもほどがある。
今、自分は回復役、現実世界で言えば医者なのだ。
つまりこの人を助けなくてはならない義務がある。
そう自己暗示にかけ、僕はティルファの体と向き合った。
しかし本当にひどい傷だ。
よく見ると、なにか大きな獣に噛まれたあとのようだ。
しかも傷の周りの皮膚が緑色に変色している。
僕はてっきり、ティルファが毒に侵されたのは肩に刺さった矢毒のせいだと思っていた。
だが、もしかしたらこの咬傷が本当の原因なのかもしれない。
どちらにしろ、早く解毒魔法『クリア』をかけなければ助からない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
解毒魔法『クリア』
こちらもごく初歩の魔法だ。
ただし術者のレベルが上がるほど、どんな強い毒でも速攻で除去できるようになる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
僕は神経を集中させ、ティルファの傷口に手を掲げ『クリア!』と唱えた。
………………
…………
……
あれ? おかしい……。
さっき『スキャン』の魔法を使った時みたいにうまくいかない。
というかまったく魔法が発動しない。
おいおい……これじゃあ間抜けなポーズを取って叫ぶ、単なる恥ずかしい人だ。
アリスたちに加え、何事かと兵士たちも周囲に集まり出した。
これは焦る。
顔が赤くなって、冷汗が出てくるのが自分でもわかった。
まずい。まずいぞ。
なぜ唱えることができない?
「どうしたユウト? 何をしている?」
アリスはしびれを切らして言った。
「なにもタダで治せとはいわんぞ。もしティルファを救うがことができたら褒美は思いのままだ。私にできることなら何でも望みをかなえてやる。それともお前が治癒魔法を使えるというのは嘘だったのか?」
「も、もう少しお持ち下さい」
自然と声が上ずってしまう。
このまま治すことができなかったら、ちょっとシャレにならない。
「やはり貴様のような一兵士に魔法が使えるわけないのだ」
レーモンが馬鹿にしたように言い放つ。
……嫌な感じだ。
言葉に中に棘ある。
身分の低い者に対する侮蔑の念を隠そうともしない。
しかし――
「叔父様! 静かに」
リナがキッとレーモンをにらんだ。
「ユウトさんは今、ティルファさんを救おうと必死に集中しているのです。マリアさんも言ったではないですか。治癒魔法には相当な精神力を使うと」
「……むむ」
「それに叔父様、ティルファさんを早く治さないと軍も動かせませんよ」
「………………」
レーモンはリナに言い負かせられ、黙ってしまった。
それにしてもリナが庇ってくれるとは!
彼女の優しさは、こちらの世界でも変わらないのだ。
その心遣いに励まされ、多少気を取り直したところで、突然――
「またまたお困りの様ね」
ヘッドセットの向うからセリカが聞こえてきた。
そういえば回線を切断するのを忘れていた。
通話状態がずっと続いていたのだ。
「みんなにバレちゃうから黙って聞いて。いい? さっきはなぜすぐに呪文を発動させることができたのか。今はなぜそれができないのか。その違いを考えなさい」
違い?
うーん、違いってなんだ。
必死に考えを巡らし――
頭にぱっと閃くものがあった。
そうか、分かった!