(7)
男爵は続けて言った。
「でもね、あのイケメンのリーダー、リューゴ君っていうのかな? 彼のことはまったく知らないわ。たぶんアタシが王宮から離れているうちに代替わりしたのでしょう。年齢はユウちゃんと同じくらいに見えるのに、えらい出世よね」
「ちょっと待ってください、つまり……」
僕は数秒考えてから、男爵に尋ねた。
「“王の騎士団”が、ロードラント王国トップの位置にある騎士団だとすると、そのリーダーである彼は名実ともに王国で最強の竜騎士、ということですよね?」
「ま、そういう結論になるわね」
それを聞いて、さらに絶望的な気分になった。
自分にも白魔法というスキルがある分、現実世界よりはましかもしれない。
が、それでもとてもリューゴにはとてもかなわないだろう。
結局、この異世界でも、リナへの想いをとげることは無理なのか――
「そんな完璧な人がこんな間近にいるなんて、反則ですよ……」
「完璧な人? リューゴ君が?」
と、男爵が首をかしげる。
「ええ、男爵様もそうは思えませんか? 強くて、顔も良くて、竜騎士の頂点に立っていて……すべて兼ね備えた完全無欠の人じゃないですか」
「うーん、それはどうかしら。いい? 神様じゃあるまいし、完璧な人間なんてこの世に存在しないのよ」
「え……?」
「だってもし仮にリューゴ君が神様に等しい存在なら、今回の戦争だって一瞬で勝てたはずでしょう? なんてったって彼の率いる最強の王の騎士団が参戦したんですから。
でも実際は、戦いに勝つどころか恋人であるあの娘まで危険にさらす羽目になってしまったじゃない」
「……確かに」
「ま、個々の力がいくら優れていても、戦争って負ける時は負けるんもだけどね――ともかく、アタシはユウちゃんにもまだチャンスはあると思うわ。なにしろユウちゃんは、リューゴ君にはない魅力を持っているんですから」
「魅力? そんなのないと思いますけど……」
「なぁに、その自信なさげな顔! ダメよ、自分を信じなきゃ。――でもって、老婆心ながらもう一つアドバイス」
と、男爵は僕の顔を覗き込んだ。
「覚えといて。あんな娘に執着しなくても、この世にはイイ女がいーっぱい居るわよ」
「そんな! 彼女以上の人、僕にはいません!」
「えーそうからしら? たとえば名前に“ア”が付く女の子とかぁ」
「……!?」
「アタシのカンでは、その女の子は、もしかしたらあなたのことが好きになりかけているかもしれないわよ」
この異世界で名前に“ア”が付く女の子。
思い当たるのは一人しかいない。
それはもちろん――
「ア、アリス王女様!?」
その時僕は、昨日の夜、寝ている間にキスしてきた相手のことをまた思い出してしまった。
あの生々しくも、甘く温かい感触はまだ唇の上に残っている。
まさか、あれはやっぱりアリスだったのか!?
だが――
「いやいや、それはあり得ませんよ」
僕は首を振って否定した。
「どーしてよ?」
「だっていくらなんでも身分が違い過ぎます。僕のようなただの一般人、アリス様が好きになるわけないじゃないですか」
「だから人を好きになるのにそんなこと関係ないのよ! 身分も性別も年齢もどんなタブーでも、愛する二人の前ではなんの障害にもならないというのがアタシの長年の持論なの。それに美しき王女さまと若い兵士の道ならぬ恋――素敵じゃない」
「……男爵様ってかなりのロマンティストなんですね」
「ええそうよ! アタシはロマンティスト、悪い?」
そう言って男爵は手をひらひらさせながら踊った。
「――さてと、ユウちゃんも多少は元気を取り戻せたみたいだし、そろそろみんなを助けに行きましょうかね」
そうだった! バカか自分は!
恋愛バナシにかまけて、いったい何をしていたのだ。
今、この瞬間もエリックたちは生死をかけて戦い続けているというのに――
我に返った僕に、男爵は言った。
「大丈夫。これ以上誰一人死なせずに、みんなをデュロワ城まで連れて帰る方法はもう考えてあるから、ユウちゃんも協力してね」
「ええ、もちろんです。でもどうやって?」
「簡単簡単。王の騎士団の登場でパズルのピースは揃ったわ。後はそれを上手く当てはめるだけよ。じゃ、一緒についてきてね」
男爵は自信ありげにそう言うと、スキップをしてマティスの方へ向かって行った。
「マティア~ス♡ いい作戦思い付いちゃった」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
しかし、数千の敵に囲まれた数百の仲間を無傷で助け出す――
そんな奇跡を起こすような芸当、ここにいるわずかな味方の力だけで、果たして可能なのだろうか?