(6)
悔しい。
悔しい。
悔しすぎる……が、これで一つはっきりしたことがある。
七瀬理奈 ≒ 王女の影武者リナ
日向るい子 ≒ 魔女ヒルダ
佐々木龍吾 ≒ 竜騎士リューゴ
異世界で僕がこの三人と出会ったのは決して偶然なんかじゃない。
絶対に、絶対にあの人の仕業だ。
あの人――
それはもちろん清家セリカ!
セリカは僕を転移させたように、理奈、日向先生、龍吾の三人をわざわざ同じ異世界に送り込んだのだ。
具体的な証拠があるわけではない。
また理由も分からない。
だがセリカが、チェスや将棋の盤上で踊る駒の動きを見るように、この状況を面白がっているであろうことは確信を持って言える。
つまり余興――?
セリカは今もきっと、現実世界のどこかで、僕らのことを見下ろして楽しんでいるに違いない。
この異世界はまるで、彼女が遊ぶRPGゲームの舞台のようなのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そんな怒りと絶望が入り混じった複雑な感情を抱きながら、語り合うリナとリューゴを見ていると――
突然、誰かが僕の耳に「フッ」と生暖かい息を吹きかけてきた。
「のわっ!!」
背筋がゾクッとしてピョンと飛び上がってしまう。
驚いて息を吹きかけたぬしの方を見る。と、それは案の定、グリモ男爵だった。
「ユーウちゃん♡」
男爵はそう囁き、怪しく笑った。
「やあねえ、男の嫉妬は見苦しいわよ」
「へ、変なことするの止めてくださいよ。それに嫉妬って! な、何で僕が嫉妬なんか!」
「ちょっとぉ、隠してもムダムダよぉ。なんたってアタシは恋愛のプロ中のプロ。スーパーウルトラプロなのよ! ユウちゃん、あなたがあの娘のことが好きだなんての、とっくのとうにお見通しなの!」
「うぐぐ……」
ダメだ。
この人に嘘はつけない。
「それはまあ……認めますけど……」
と、僕は渋々うなずいた。
「ほら、当たった! 恋愛方面で私のカンが外れたことなんて一度もないんですからネ」
グリモ男爵は得意げに言った。
「だいたいユウちゃん、人を好きになるって恥ずかしい事ではないんだから、そんなに隠さなくてもいいんじゃないの!」
「……確かにそうかもしれませんが、こっちにもいろいろ事情が……」
隠していた――
というより、リナを見事にリューゴに持っていかれ、とっても惨めな気持ちでいる心の内を誰にも悟られたくなかっただけだ。
しかし、男爵はそれもすべてお見通しのようだった。
「事情ねぇ。そりゃ好きだった娘が目の前で他の男といい感じだったら超ショックだし、ユウちゃんまだ若いんだから見栄もあるわよねぇ。――ごめんなさい、アタシが無神経だったわ。男の嫉妬は見苦しい、だなんて言っちゃって。ここは慰めてあげるべきね」
男爵にズバリと本心を言い当てられ、いらぬ気遣いまでされてしまった。
ああ……なんだか余計に傷つく。
「もういいです! 僕のことなど放っておいてください!」
僕はすべてが嫌になって、つっけんどんに言い返した。
が、男爵は大人の余裕で受け流す。
「まあまあユウちゃん、こんな場所で怒らないで。それに安心なさい。アタシの見立てでは、あの二人、まだそこまで深い関係ではないわよ」
「え!?」
「だから……」
男爵は声を潜めて言った。
「あの子たち、まだヤッてないわよ。アタシにはわかるの」
「は、はぁ!?」
「だ・か・ら! 二人はお互い想い合ってはいるけど、エッチなことはしてない清い関係だって言ってんの。――やだぁもぉ、全部言わせないでよぉ」
まったくこの人は、そういった視点でしか物事を見れないのか!
と、僕は今さら体をクネらせて恥ずかしがる男爵をにらみ付けた。
でも――
正直に言えば、そこが一番気になる点ではあったのだ。
なのでゲスの勘繰りとは思いつつ、僕は男爵につい念を押してしまった。
「あ、あの……そ、それは、本当に本当なんですか?」
「だからソッチ方面のアタシのカンは絶対だって! 間違いないわよ!」
二人はまだ最後の一線は越えていない……。
ということは、まだ僕にはチャンスはある――のかもしれない。
多少の安心を得た僕は、さらに男爵に尋ねた。
「……そ、それは分かりました。では、あの竜騎士の人たちはそもそも何者なんですか? ちょっと普通じゃない感じを受けますが、マティアスは“王の騎士団”とか言ってましたよね?」
「王の騎士団、ね――」
男爵は急に神妙な顔つきになった。
「いいわ、教えてあげる。彼らはロードラント王国が持つ二十個の軍団どこにも属さない、秘密のヴェールに包まれた史上最強の騎士たちよ。王室直属の騎士団だから、一般の兵士であるユウちゃんが知らないのも無理はないわ」
「史上最強、ですか……」
「ええ、そう。彼らは王国全土から身分に関係なく選び抜かれた男子のみで構成される精鋭中の精鋭。わずか数十人の部隊だけど、全員そろって戦いの天才って言ってもいいくらいよ」
「へえー、秘密の騎士団ということなのに、男爵はずいぶんお詳しいんですね」
「フフフ、実を言うとね!」
と、男爵は僕にウィンクをした。
「その中の一人とむかーしむかし、ちょっとだけ付き合ったことがあるのよ。あ、マティアスにはナイショにしててね♡」
……当然、その浮気の相手は男だろうな。
グリモ男爵は結構モテるみたいだ。
ただし同性限定で。