(5)
マティアスもすぐにその気配に気づき、剣を抜いた。
一方、男爵は周囲のことなどまるでおかまいなしだ。
深く瞑想するように目を閉じ、その場から動こうとしない。
今日もいきなり絶体絶命――!
いま、このメンバーで大勢の敵に囲まれたら完全にお手あげだ。
いくらマティアスが強いとはいえ、僕を含めたその他三人は実戦ではほぼお荷物状態。
仲間を助けることはおろか、自分たちの命すら危うくなってしまう。
ここは止むを得ない。
予定変更を変更しいきなり『ミスト』を唱えてしまおう。
いやむしろ、初めて使う魔法なんだから効果を試すのには格好の機会なのかもしれない。
それで上手く敵を煙にまけたら、その足でエリックの救援に向かえばよいのだ。
完全に開き直った僕は、敵が見えると同時に魔法を唱えてやる! と、意気込んで身構えた。
岩かげから、おおよそ三十騎ほどで構成された騎士の一団が現われたのは、その直後だった。
……あ、あれ?
ロードラント軍?
思いっきり拍子抜けした。
騎士団は全員味方の竜騎士で構成されていたのだ。
でも、一方で違和感もあった。
なぜなら、その竜騎士団は曰く言い難い威厳に満ちており、普通の人間が近寄りがたいようなオーラを発散させていたからだ。
――この人たち、普通の竜騎士よりもさらに高いレベルにいる。
僕はそう直感した。
ゲームで言えばマスターレベルの騎士集団、と言ったところか。
「おお、王の騎士団ではないか!!」
その時、マティアスが珍しく明るい声で叫んだ。
「リューゴ、貴様、いったい今までどうしていたのだ?」
「マティアス殿!」
騎士団の先頭にいた男が、馬を降りマティアスの方へ歩いてくる。
「いったいなぜこんな所に? アリス様を守り、すでに撤退されたと思っていました
その姿を見て、僕は「あっ」と驚愕した。
りゅーご?
りゅーご?
りゅーご?
この顔……。
やたら逞しく、そしてイケメン。一度見たら絶対に忘れない顔。
現実世界、あの日、あの赤い夕やけの中で見たあの男。
理奈と二人並んで歩いていたあの男。
佐々木龍吾――
現実世界での理奈の恋人だ。
なぜ?
どーして?
よりによってここに佐々木龍吾が……。
僕はガックリときてその場にヘナヘナとその場座り込み――そして思い出した。
“リューゴ”の名は昨日の段階ですでに、アリスとリナの会話の中で確かに耳にしていたことを。
そう、あれは女騎士ティルファの報告により、先行するロードラント軍が全滅したことを知った時だった。
リナは“リューゴ”が無事かどうか、しきりに心配してアリスに質問していたではないか。
その時不安を感じた僕は、無理やりリューゴのことを頭から抹消したわけだが、まさか今になって本人が目の前に現れるとは……。
しかもレベルの高そうな竜騎士となって……。
最悪だ。
異世界に来て以来の最低最悪の気分だ。
だが、そんな死にたい気分の僕に追い打ちを変えるように、リナの黄色い声が辺りに響いたのだった。
「リューゴ様!! ご無事でしたか!!」
うわっ、と思いリナの方を振り向く。
するとリナの瞳の中にはくっきりハートのマークが浮かんでいた。
これじゃあ、まるで少女漫画か乙女ゲーの1シーンを見ているかのようだ。
リナはもう僕たちのことなんか目に入らない。
リューゴの元へいそいそ駆け寄っていく。
「これはリナ殿!」
と、リューゴの端整な顔に愛しそうな笑みが浮かんだ。
「リナ殿こそよくぞご無事で。アリス様とリナ殿、お二人のことは私もたいへんご心配申し上げておりました。――しかしその目とその髪の色は?」
「それが――」
リナは伏し目がちに答えた。
「こちらにもいろいろなことがありまして、かねてからの手はず通り私はアリス様の代わりを務めていたのです」
「そうでしたか……」
リューゴは胸に詰まるような、苦しそうな声で言った。
「リナ殿もさぞや危険な目にあわれたことでしょう」
「いいえ、リューゴ様が負われている責務に比べらたら、私なんてぜんぜんです!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
僕は少し離れた場所から、ポカーンとしてそのやり取りを眺めていた。
リューゴとリナ――
この二人、やっぱりこっちの世界でも恋人同士なのか?
いや、もっと下品な言い方をすればそういった関係――つまりデキてるのか?
……たぶんそうだろうな。
抱き合いこそしないが、二人はそんな雰囲気をぷんぷん匂わせている。
クソッ!!
異世界まで来て何でこんな惨めな思いをしなきゃならないんだ!!
寝取られ属性など自分にはないぞ!!