(4)
僕はいち早く岩山を下り、枯れ木につないである三頭の馬の元へ走った。
その後をグリモ男爵、マティアス、リナが追いかけてきた。
「ちょ、ちょ、ちょっとユウちゃん!」
男爵がゼーゼー息を切らしながら言った。
「いきなり駆け出して、いったいどういうつもり?」
「言うまでもなくみんなを助けに行くんです! 手遅れにならないうちに! 僕たちはそれが目的でここへ戻って来たんでしょう?」
「んもぉ! だからって焦りは禁物よ!」
男爵が僕をとがめるように叫んだ。
「ユウちゃん! ナニをするんでもせっかちな男ってレディからは嫌われるのよ!」
「男爵様、冗談は止めてください。今は一刻を争う時です。リナ様どうか馬を――」
「いや待てユウト。グリモの言う通りだ」
ところが、マティアスまでも僕をたしなめて言った。
「いくら敵の本隊は撤退したとはいえ、こちらはたったの四人だ。いま突っ込んでいくのはまったくの無謀、匹夫の勇というものだろう」
「まってください」
僕はムキになって反論した。
「もちろん僕にも考えがあります。『ミスト』の魔法を使うんです。濃い霧で敵の目を欺いてみんなを救うのです」
ここに来る途中、そのことはずっと考えていた。
効果範囲が狭すぎて昨日は使うのを断念した『ミスト』の魔法。
が、その欠点をおぎなう方法を僕はすでに思い付いていた。
「ただ『ミスト』の霧は限定的な範囲にしか出せないんです。そこで――」
と、僕は三人にざっくりと説明した。
「連続して魔法を唱えるというのはどうでしょうか? つまり遠巻きにリナ様に敵をぐるりと取り囲むよう馬を走らせてもらって、その間、僕が馬の上から『ミスト』の魔法を何度も唱えれば――」
「なるほど!」
リナがうなずく。
「煙幕で敵を巻くような感じですね」
「ええそうです! 背後から奇襲をかけるような感じでいきます」
この作戦でもリナの身に多少の危険がないとは言えない。が、敵から一定距離を取ればまず大丈夫だろう。
それに万一の時でも、今までのように僕が魔法でリナを守ればいい。
――と、思ったのだが、しかし男爵は甲高い声を出して反対した。
「ダメ! それじゃダメダメよ! よーく考えてみて。仮に魔法の霧でみんなを包んだとしましょう。でもその後でアタシたちはいったいどうすればいいのよ?」
「え――」
「つまり霧のせいで周囲がなーんにも見えない状況で、その中から数百もの兵士をどうやって救い出すかってことよ。中にはケガをしている人もいるでしょうに」
「そ、それは……」
「いい? こちらはたった四人なのよ。それに敵さんだって霧が出た程度じゃあ引き下がってくれないんじゃない?」
僕は言葉に詰まった。
まったく男爵の言う通りだったからだ。
いざ霧で敵の目をくらましても、その後どうするかをちゃんと考えておかなければ、にっちもさっちもいかなくなる。
それは昨日の時点で分かっていたはずなのに、焦りのあまりつい先走ってしまった。
「おっしゃる通りです。……正直言って、僕にもそれ以上、何も思いつかないんです」
「仕方ないわねぇ!」
僕の困った様子を見て、男爵が叫ぶ。
「ユウちゃん、ちょっと待ってなさい! ロードラントの天才軍師ことあたくしグリモ男爵が、知恵の限りを尽くしてみんなを無事に助ける作戦を考えてみせるから」
男爵はそう言うと、大きな目をぴったり閉じ左右のこめかみに指を当てた。
どうやらこれが男爵がものを考える時のポーズらしい。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そらから数分。
相変わらず男爵は目をつぶって考え込んだままだ。
何もできないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
今もエリックたちは助けを待って戦い続けているのに、このまま本当に男爵に任せておいて本当に大丈夫なのか?
そう思うと焦燥感のみが募って、体がじりじりする。
いくらなんでも、そろそろ我慢の限界だ。
ええい、自分には白魔法の力がある!
こうなったらたとえ一人でもエリックたちを助けに行く!
僕は覚悟を決めた。
男爵は放っておいて、みんなが待つ草原のはずれを目指し、一歩前へ踏み出したのだ。
ところがその時――
向こうに見える大きな岩の影から、こちらにやって来る複数の人と馬の気配がした。
まずい……。
よりによってこんな時に敵か。
しかもこの位置だと、どこにも逃げ場がない。