(3)
朝の曇天が嘘のように、空はいつの間にかきれいに晴れ渡っていた。
その分眺めもよく、岩山の上からは明るい日差しに照らされた緑の平原をはるか彼方まで一望することができた。
もしも今が普段の平和な状態なら、異世界の雄大かつファンタジーな大自然の風景に感動ひとしおだっただろう。
だが、実際そこに広がっていたのは――
血の洪水によって赤黒く染まった大地。
広範囲に散乱し、また小山のように積み上がった人間とコボルトの死体。
それは誰しも思わず目を覆いたくなるような、凄惨としか言いいようにない光景だったのだ。
昨日の戦いの経過からして、この状況はある程度予想できたことではあった。
なのにここまで衝撃が強いのは、言わば地上を見下ろす神のような視点で、戦いの犠牲者を全体的に俯瞰してしまったからだ。
「こんなことって!」
リナが思わず叫び声を上げ、手で口を塞ぐ。
「これが戦争。かつて見た光景……何にも変わっていない」
グリモ男爵が深いため息をつく。
「結局、アタシも戻ってきてしまった……」
「………………」
マティアスは一人、眉をひそめただ黙り込んでいる。
みんなそれぞれショックを受けている。
もちろん僕もそれは同じだ。
しかし、だからと言ってぼう然とばかりしてはいられない。
誰か生存者はいないのか?
エリックは? トマスは?
僕たち以外、生きとし生ける者なくすべてが死に絶えたような地獄の戦場を、僕は血眼になって探した。
すると――
「あ! あそこ!! あそこを見てください!!」
僕は平原の一角を指差し叫んだ。
岩山からかなり離れた場所、おそらく2キロ以上先に、いまだ戦い続ける兵士の集団を認めたからだ。
兵士たちはコボルト兵とイーザ騎兵の連合軍にぐるりと取り囲まれ、執拗な攻撃を受けていた。
距離がありすぎて一人一人は豆粒大の大きさにしか見えない。
が、あれは間違いなく戦場に取り残されたロードラントの仲間たちだ。
「敵はほぼ勝利を手中に収め、戦いはすでに掃討戦の段階に入っているようだ」
マティアスはあくまで冷静に分析する。
「しかし敵の数は昨日よりだいぶ少ない。おそらくこの場に必要なだけの兵を残し、あとは体制を立て直すために撤退したのだろう」
“撤退”ということは僕の「ルミナス」の魔法が敵に相当効いたということか。
しかしパッと見、ロードラント兵の数も大幅に減っている。
ああ、なんてことだ!
僕たちが逃げたのち、やはり相当数の仲間がやられてしまったのだ。
つまりあの時、なんとか戦場にとどまって一緒に戦っていれば……。
押し寄せる後悔の波。
その中でもがき、苦しんでいると――
遠くの方から誰かの叫び声が、風に乗って聞こえてきた。
「みんな頑張れ! もう少しすれば、きっとユウトたちが助けにきてくれるに違げぇねえ!」
あれはエリックの声!
やっぱり生きていたのだ!
背筋にビリッと稲妻が走った。
こうなると、もう居ても立ってもいられなかった。
「助けに行きましょう、今すぐに!」
僕はそう叫び、マティアスたちの同意を得ることなく、振り向いて岩山を全速で駆け降り始めた。
エリックほどの力があれば、昨日のあの混乱の中、一人で逃げることもできたはず。
彼はそれをしなかったのは、おそらく仲間の兵士や負傷者を戦場に置いていくことができなかったからだ。
そしてほぼ一昼夜、エリックはみんなをかばいながら、僕が戻ってくることを信じて戦い続けたのだ。
早く、早く、早く!
何としてでも彼らを助けなければならない。