(16)
マティアスはバツの悪そうな顔をして言った。
「ユウト、そう驚くな。お前を散々利用しておいて、今さら虫のいい頼みだというのは百も承知だ。だが、取り残された兵士たちを救うにはどうしても皆で力を合わせなければならない――そう思い直しここで待っていたのだ。戦場に戻る際、お前も必ずこの道を通ると思ってな」
「でも、なぜ!?」
リナに続きマティアスまで……。
あまりに意外な気がして、僕はつい声を上げてしまった。
「マティアス様は、アリス様さえ無事ならば他の兵士のことなどどうでもよかったのでは?」
「……これはキツイ言葉だな。確かに今までの俺ならそうだったかもしれない。しかし昨日グリモにコテンパンに叩きのめされ――また、なによりもユウト、仲間のためなら危険を顧みないお前を見て俺の中に忘れていた何かが蘇ったのだ」
マティアスはそう言って、ふっと目を閉じた。
「俺もかつて、たとえ上官に背こうとも己の信ずる騎士の道を貫く心を持っていた。ちょうど今のお前のようにな」
戦場に置いては、常に冷静沈着かつ勇猛果敢なマティアス。
騎士道とは縁もゆかりもない僕のような落ちこぼれが、彼のようなエリート竜騎士にこんな影響を与えていたとは――
それにしても、こちらの世界に来て、なぜか人に褒められるような機会が増えた気がする。
けれどやっぱり慣れない。
嬉しいよりも、こそばゆく感じてしまうのだ。
マティアスは目を開け、空を見上げる。
「ところが俺はいつしか、命令にただ盲従し、目的を果たすためなら部下を容赦なく切り捨て、あまつさえ女子供を犠牲することさえ厭わない――そんな卑劣な人間に成り下がっていた。どうしてなのか自分でも分からない」
「まあ、それに気付けただけでも良かったわよ」
肩を落とすマティアスに、男爵が声をかける。
「まだ救いはあるわ」
「そうですよマティアス様」
僕たちの話を聞いていたリナが、横から言った。
「それに悪いのはマティアス様だけではありません。レーモン公も、そして私も同罪なのです」
「リナ殿……」
マティアスは一瞬黙って、それから突然リナに向かってバッと頭を下げた。
「すまなかった。魔女を前にして、リナ殿を囮に使うようなことをしてしまった。あれは騎士としてはあるまじき行為だった」
「やめてください、マティアス様。アリス様の身代わりになることは私としても本望。その点、迷いはありません」
「いや、しかし――」
「私たちの罪は、アリス様やユウトさんを騙すようなことをして、ロードラントの兵士さんたちを戦場に置き去りにしてしまったことです。でも、まだ取り返しはつくかもしれません」
「その通りです!」
僕はマティアスに向かって叫んだ。
「こんなところで反省ばかりしてても何も解決しません。さあ、早く戦場に向かいましょう。きっとみんな救援を待っています」
「いかにも」
マティアスが同意する。
「ユウト、行こう。もう身分は関係ない。対等な仲間として力を貸してくれ」
「もちろん私も行きますよ。マティアス様」
と、リナが言った。
「止めたって無駄です」
「しかし――」
マティアスは少し迷ってから、うなずいた。
「そうだな、今の俺はリナ殿に指図する立場も資格もない。だから止めはしない。それに一人より二人、二人より三人の方が心強いだろう」
「ちょっと、四人でしょ、四人!」
と、男爵が黄色い声を出して抗議する。
「アタシもいるのを忘れないでよね!」
マティアスが頼りになる存在なのは間違いない。
が、グリモ男爵も一緒なのか……。
この人、とっても面白いし、そこにいるだけで場が明るくなるムードメーカーではあるけれど、戦場では果たして……?