(15)
もちろん僕だって「お騒がせしてどうもすみませんでした」と、素直に引き下がるつもりはない。
だが、騎士としての任務に関しては一切妥協しないマティアスだ。
説得に応じ道を開けてくるれるなんてことは、まずあり得ないだろう。
かといって、まさか一戦交えるわけにもいかないし……。
「ユウトさん、馬を止めますよ」
リナもひとまず話し合うしかないと思ったらしく、手綱を引き、馬を急停止させた。
そんな僕たちを、マティアスは黙って冷たい目でにらむ。
昨日の夜は男爵に対しあんなに感情をむき出して怒り、最後は返り討ちにあって悶絶していたマティアスなのに、すっかり元に戻ってしまったようだ。
この様子だと、たぶん首に縄をくくりつけてでも、僕らをお城まで連れて帰るつもりだろう。
だが負けてはいられない。
僕は一歩も引かない思いで、マティアスをにらみ返した。
否が応でも緊張が高まる。
いやーな空気が辺りに充満する。
しかし――
そのピリピリした状況を真っ先にぶち壊したのはグリモ男爵だった。
男爵は僕にかわいらしくウインクをすると、チュッと投げキッスを送ってきたんだ。
「ユウちゃん、おはよう♡」
「ど、どうも。おはようございます」
男爵は朝っぱらからテンションが高い。
そしてまるで緊迫感がない。
「ユウちゃん、昨日はよく眠れたかしら?」
「ええ、おかげさまで。ああ、ロゼットさんに出していだいた朝食もとてもおいしかったです」
「ウフフ、そうでしょう。若いんだからご飯はしっかり取らなきゃダメ! そう思ってロゼットに言いつけておいたの。ユウちゃんに必ず朝ごはんを食べさせてって」
ロゼットはそれであんなに強引だったのか……。
でも大して時間をロスしたわけでもないし、結果的に力がついて良かったけれど。
――いや、今はそんなこと、どうでもいい。
「あの、それで!」
僕はマティアスと男爵に向かって、きっぱりと言った。
「前を通して欲しいのですが! 一刻でも早く戦場に戻って、みんなを助けなきゃいけないんです」
「……本当に行くのか?」
マティアスが静かに言う。
「ええ、止めても無駄ですよ。仲間を見捨てて自分たちだけ生き延びるなんてこと、僕にはできませんから」
「だがあまりに危険すぎる。せっかく助かった命、むざむざ捨てると言うのか?」
「別に命を粗末にするつもりはありません。でもみんなを救うためには多少は危ないことをしなければいけない――ただそれだけのことです」
「……むむ」
マティアスは低く唸ると、眉をひそめ黙ってしまった。
「もういいじゃない、マティアス」
様子を見ていた男爵が肩をすくめた。
「ごめんなさいユウちゃん、この人豪胆なように見えて、意外とシャイだか ら。代わりに私が言ってあげるわね。彼はあなたと――」
「待て! グリモ。自分で言う」
と、マティアが男爵を制止した。
「ユウト、私もお前と共に行こう」
「え!?」
僕は思わず聞き返した。
「――すまぬ、言い方が悪かった。ユウト、どうか私も一緒に連れて行ってほしい」
ええーー!
僕はあ然としてマティアスを見た。
これは驚天動地。
いったいどういう風の吹き回しなんだろう?