(8)
しかし魔法を唱えるって……。
いざやってみようとすると、なんだか気恥ずかしい。
「さあ、早く」
と、セリカがせかす。
「深く考えないで。シスターマリアを見ながら、心に強く念じ呪文名を口に出せばいいの」
「……わかった。やってみる」
僕はぐったりしたマリアをじっと見つめ、神経を集中させた。
『スキャン!』
ほんの一瞬マリアの体が光った。
それと連動するように、スマホの画面に文字がずらりと表示される。
ネーム:マリア=シャレット
クラス:シスター
H P:75/100
M P:8/550
力 :20
知 力:350
速 さ:88
守 備:40
運 :223
黒魔法:0
白魔法:1025
スキル:回復+
状 態:激しい疲労
弱 点:昆虫
できた!
本当にできた!
ステータスの表示は僕の遊んでいたオンラインRPGとまったく同じだった。
各能力の基準値は100で、経験を積んでレベルが上がるたびに数値も上昇していく。
「ね、やればできるじゃない」
セリカはそらみなさい、と言わんばかりだ。
「あのさ……これ、スマホの機能じゃないの?」
「そんなわけないでしょ。すべてあなたの力。スマホの画面にただそれが写っているだけ」
「すごい!」
「さて、なぜシスターマリアをスキャンしたかといえば……ねえ、ゲームの中で有川君のキャラ、白魔法の能力値はいくつだった?」
「20000ちょい」
昼夜問わない、廃人プレイで得た力。
十万人を超えるというプレイヤーの中でも、上位一桁に入る数値だ。
「つまりあなたは白魔法の力、あのシスターのだいたい20倍の力ということ。ね、少しは自信付いた?」
自分にそんな能力が本当に備わっているのだろうか?
僕はどうしても信じられなかった。
「まだダメ? じゃ、試しに自分自身を『スキャン』してみなさい」
「わかった」
僕は自分自身に向かって『スキャン』を唱えた。
するとすぐに、スマホの画面に新たな数値が表示された。
ネーム:ユウト=アリカワ
クラス:ソルジャー
H P:1350/1350
M P:9780/9800
力 :80
知 力:6555
速 さ:430
守 備:352
運 :100
黒魔法:0
白魔法:21025
スキル:白魔法マスター
状 態:正常
弱 点:対人関係
自分の能力を数値化して見るのは、なんだか変な感じがする。
それに弱点が対人関係って――当たっているだけに、割とショックだ。
……でもまあ、確かに白魔法の能力とスキルは飛び抜けて高い。
ゲーム上のマイキャラそのまんまの数値なんだから、当然と言えば当然なんだけれど。
とにかく、シスターマリアが倒れた理由は『スキャン』ではっきりわかった。魔法を使いすぎたことによる激しい疲労だ。
ならばティルファの状態も同じように調べられるはず。
僕はぐったりしたままのティルファを見つめ、神経を集中させた。
再び『スキャン』を唱える。
また一瞬で、画面の数値の表示が変わった。
ネーム:ティルファ=ド=ロレーヌ
クラス:ナイト
H P:50/1350
M P:0/0
力 :211
知 力:300
速 さ:420
守 備:356
運 :78
白魔法:0
黒魔法:0
スキル:見切り+
状 態:気絶 ひん死 猛毒
弱 点:なし
かなり危険な状態だが、僕が注目したのは彼女が猛毒に侵されていることだ。
これではマリアがいくら『リカバー』をかけ続けてもよくなるはずがない。
つまり、HPの回復よりも、まずは毒を取り除かなければならないのだ。
そうこうしている間に、ティルファのHPが50、49、48と、どんどん減っていく。
まるで死のカウントダウンだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
とにかくこれで原因ははっきりした。
そして今、彼女を救えるのは自分しかいない!
「ありがとう、清家さん。何とかやってみる!」
僕はいてもたってもいられず、スマホを革袋にしまうと、ティルファの方に向かって駆けだした。
「すいません、どいて下さい……」
兵士たちをかきわけ、僕はようやく列の先頭に出た。
さらにティルファに近づこうと、前に進む。
ところが、そこでレーモン公爵に気付かれてしまった。
レーモンは武人らしい威圧感を漂わせながら、怒鳴り声を上げた。
「なんだお前は!」
目の前にレーモンが立ちはだかる。
冷たい目線だ。
明らかに一般兵の僕を見下している。
が、そんなことに怯んではいられない。
このままでは手遅れになってしまうからだ。
「通してください!」
「お前、何をしようというのだ。さっさと隊列に戻れ」
「待ってください。僕なら、僕ならその女の人――いえ騎士様をお救いできます」
「なに? バカげたことを言いよって。一介の兵卒にそんなことできるわけなかろう。それ以上一歩でも前に出れば、アリス様に害をなす者と見なし切って捨てるぞ!」
レーモンはそう叫んで、いきなり腰の剣を抜き、僕に剣先を向けた。