(2)
まだ眠いのになんなんだよ、もう!
と、寝ぼけまなこでスマートホンを耳に当てると――
「ゆうべはお楽しみでしたねぇ」
それがセリカの第一声だった。
「はぁ?」
セリカは何を言っている?
“ゆうべのお楽しみ”ってどの出来事を指しているのだ?
城に入る前のグリモ男爵との騒動のことなのか、暴れるティルファを魔法で眠らせたことなのか……。
どちらもひとまず解決はしたものの、楽しい経験とは言い難い。
ということは、真夜中のキス!?
ひょっとするとあれは夢でもなんでもなく、セリカは現実世界からその瞬間を見ていたってことか?
……確かに、あの唇と唇が触れあう柔らかい感触と温もりは、夢にしてはやたら生々しかった。
しかし、だとしたら相手はいったい誰だったのか?
リナは――
違う、絶対に違う。
彼女とはこっちの世界でそこまで親しくなったわけでもないし、そんな大胆なことをするタイプとも思えない。
では……
アリス!?
……いや、まさか一国一城のお姫様がそんなはしたないことをするわけない。
それに昨夜、疲れて熱を出したアリスはあの後どこか別の場所で休んだはず。
わざわざキスをしに僕の部屋までやって来るなんて、ちょっと考えられない。
かといって、もうその他に思い当たる人物はいないよな……。
うーん……やっぱり僕の夢の中の妄想だということか?
でも、やっぱり気にはなる。
とりあえずセリカに訊いてみよう。
「清家さん、昨日のお楽しみっていったい何のこと?」
「ええ! 覚えてないの?」
と、セリカが大げさに驚く。
「もしかして、夜中に誰かが僕の部屋に来て、その……キスをしたこと?」
「さー? どうなんでしょう」
「そっちから見てたんじゃないの? ねえ、それでその相手って――」
「知ーらない!」
と、セリカはいたずらっぽく笑う。
どうやら答える気はないらしい。
「もう! からかわないでくれよ!」
「別にからかってなんかいないわ。――それよりいいのかしら、ユウト君。朝になったというのにそんなにのんびりして。こうしている間にも、あなたのお仲間の命はまた一つ、また一つと戦場にはかなく散っているのよ」
「ああ――!!!」
そうだった!
今、セリカなんかとしゃべってうつつを抜かしている場合ではなかった。
早くみんなを助けに行かなきゃ。
一気に目の覚めた僕は、スマホをスピーカモードにしてテーブルの上に置き、大急ぎで着替えを始めた。
とりあえず昨日と同じ服を着るしかないが、チェーンメイルの装着方法がよく分からない。
なので仕方なく皮の胸当てだけを身に付けた。