(8)
「困ったわねえ。無理やり口をこじ開けて薬を飲ませるわけにもいかないし」
男爵がどうしようかしら、と首をかしげる。
ならば、ここでこそ回復職の出番だ。
ティルファの精神的な病を治すのは僕にも無理だけれど、ゆっくり眠らせてあげることぐらいならできるだろう。
あ!
でも、その前にティルファに渡すものがあったっけ。
僕はふと思い出して腰の皮袋に手を突っ込んだ。
その中には、アンデッド化したティルファの父、ヴィクトル将軍が残した家紋入りのマント留めが入っていた。
「あの――」
「なあにユウちゃん?」
と、男爵が僕の方を見る。
「これ……」
僕は皮袋から取り出したマント留めを、ティルファの目の前に差し出した。
するとティルファは暴れるのをピタリと止め、手を震わせながらマント留めを受け取った。
「あ……あ……」
お礼でも言いたかったのだろうか?
ティルファはマント留めをギュッと握りしめ、口から何か言葉を漏らした。
その表情は、いつの間にかごく穏やかなものに変わっている。
これならもう薬を使うまでもない。
後は魔法で――
と思っていると、男爵がつい大きな声を出してしまった。
「どうしたの、ユウちゃん? いったい何を渡したのよ?」
「しっ! 静かにしてください」
「あらヤダ、アタシったら」
男爵が申し訳なさそうに手を口で塞ぐ。
やれやれ、明るいのはいいけれど、騒がしすぎるのも困るな……。
ともあれ男爵が黙って静かになったので、僕はティルファをいたわる気持ちを込めて魔法を唱えた。
『スリープ!』
魔法は一瞬で効果を発揮した。
ティルファはスッとまぶたを閉じ、深い眠りについたのだ。
せめて眠っている間だけでも、良い夢を見てくれればいいが――