(7)
「アリス様、マリアさんが!」
リナはなす術無く、アリスに助けを求めた。
その声を聞き休憩を中断したアリスが、リナの元に駆けつける
「どうしたリナ!」
「治癒魔法を使っている最中、マリアさんが突然倒れてしまって……」
リナの言うとおり、マリアはぐったりとして顔は真っ青だ。
修道服のベールのふちは汗で濡れ、呼吸がすごく荒い。
「シスターマリア、しっかりしろ!」
アリスが必死に呼びかけるが、マリアはまったく反応しない。
「さあ、これを」
後からやってきたレーモンが、琥珀色の液体の入った小さなコップをリナに渡した。
たぶんお酒――ブランデーか何かだろうか?
リナはマリアに液体のにおいをかがせた後、少量口にたらす。
効果はすぐにあらわれ、マリアは苦しそうな吐息を漏らしながら目を覚ました。
ところが――
「アリス様……私にはできません」
マリアはそうつぶやいて、またしても気を失ってしまった。
どうやら魔法で力を使い果たしてしまったらしい。
それから数分後――
みんなで必死に介抱したのが功を奏したのか、マリアは再びうっすら目を開けた。
今度こそ、本当に意識が戻ったようだ。
「大丈夫か? シスターマリア」
陽の光がまぶしくて眼を細めるマリアに、アリスがやさしく声をかけた。
「これは……アリス様」
マリアはなんとか上半身を起こし、かすれ声で言った。
「……アリス様の前でみっともない姿をお見せし申し訳ありません」
「何を言う。そんなこと気にするな。それよりマリア、ずいぶん無理をさせてしまったようだな」
「アリス様、残念ながら私の力はここまでです」
マリアはほろりと涙を流した。
「……ティルファ様のお命はしばらくの間は持ちましょうが、そう長くはありません」
「……そうか」
アリスは沈んだ声でつぶやき、毛布にくるまれたティルファの頬をそっとなでた。
出血は止まったようだが、ティルファの肌は土気色をしていて生気がない。
おそらく出血量が多すぎたのだ。
もしかしたら、急いで輸血すれば助かるかもしれないが――
この世界でそれは不可能だろう。
「ティルファ……」
ティルファに寄り添うアリスの表情は暗く、どうやら懸命に涙をこらえているようにも見える。
今のアリスは気位の高い王女様ではない。
友達の無事を祈る一人の普通の女の子なのだ。
そんなアリスの姿を見て、なんとかしてあげたいと僕は強く思った。
もちろん純粋にティルファの命を救いたいという気持ちもある。
でも、どうしたら――?
と、首をひねっていると、突然ヘッドセットから着信音が聞こえてきた。
当然セリカだろう。
しかしこんな非常時にいったいなんの用なんだ?
ついイラっとしてしまったが、着信を無視することもできず、僕はヘッドセットの通話キーを押した。
「なんだか困った事態になっているようね」
案の定、セリカの声だ。
僕はすかさず言い返した。
「清家さん、そっちからここが見えるの?」
「ええ、そうよ」
「なら困った事態どころじゃないのはわかるでしょ? ヒト一人の命が危ういんだ」
いかにも傍観者、といった感じのセリカのセリフに、僕は次第に腹が立ってきた。
自然と声を荒げてしまう。
「あら、ずいぶんな言い方ね」
「だって……」
「あのね、転生する前に言ったこともう忘れたの?」
「え?」
「私はそちらの世界の出来事については、いっさい手を出すことができないの」
そういえばそうだった。
転生する際、セリカが言っていた約束事の一つだ。
「じゃあなんでこんな時に電話を――」
「困ってるみたいだから、ちょっとアドバイスをあげようかと思ってね。でも余計なお世話だったかしら?」
「そんなこと言わないで、頼むよ」
「いいわ。簡単なことよ。有川君がその女騎士さんを救ってあげたらいいんじゃない? あなたならそれができるはずよ」
「それは――」
「しっかりしてよ! あなたはそっちの世界では回復役として一級の能力があるってこと忘れたの?」
もちろんそのことは、僕も考えなかったわけではない。
だが、シスターマリアの魔法の力を見て、自分にあれ以上のことができるとは到底思えなかった。
第一、魔法の使い方自体まったくわからないのだ。
「僕には無理だよ。魔法の唱え方をまったく知らないんだ」
「まったく世話が焼けるわね。じゃあ一つ試してみましょう、もっとも簡単な魔法を。ねえ、まわりに気づかれないようにスマホを取り出せる?」
「うん、それならたぶんできるけど」
セリカに言われた通り、革袋からそっとスマホを取り出す。
兵士たちはみなアリスとティルファに気を取られ、僕の動きを気にする者はいない。
「次にシスターマリアを見ながら気を込めて『スキャン』と唱えなさい。それだけでいいのよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『スキャン』
相手のステータスを調べるごく初歩の魔法。
白魔法を使えるキャラなら誰でも習得できるが、自分よりレベルが高い相手には失敗することもある。
といってもそれは、あくまでゲーム上の話ではあるが――