(6)
憤懣やる方ない様子の男爵に、アリスが言った。
「すまなかった、グリモ。お前には事の次第をまだ説明していなかったな。シスターマリアがずっと黙っていたのは、万が一敵に情報が漏れることを心配をしたからだろう。すなわち彼女に非はない」
「いいえ、そんなこと気にしちゃいませんわ。シスターが沈黙を貫いたことは当然理解できます。むしろ賞賛に値するぐらいです」
「では、なぜそうカッカする?」
「それはもちろん、ロードラント王国がいまだ無益な戦いを繰り返していることに対してですわ。しかも小競り合いどころではない、大きな戦争を! ――アリス様、アタクシが昔、口を酸っぱくして申し上げたことを覚えておいでですか?」
「……なんだ、久しぶりにその説教をするのか」
「ええ、そうですとも! 戦争という愚行はこの世に何も生み出さない。勝っても負けても、最終的には得るものより失うものの方がずっと大きいという単純明快な理論です。そして戦争は、国を、人々を、やがて滅びへの道へと導くのですわ」
「相変わらずな綺麗事を断定的に言うな、グリモ。悪いが私はその一方的な極論には首肯しかねるぞ」
「ヤダわ、綺麗事だなんて……アリス様ったら、あくまで真実から目を背けなさるのおつもりなのね。――ねえアリス様、まさか忘れてやしませんわよね。王国の財政が破たん寸前にまでなったのは、長期に渡る戦争により多大な戦費がかさんだためだということを。まさにそれが一つのよい例ですわ!」
「そんなことは分かっている! が、中には避けられぬ戦いもあるのだ! この度の戦争も、反乱を起こし戦いを挑んできたのはイーザ族の側だ!」
「いいえ! こんな事態に陥る前に、そもそも反乱を起こさせないような施策を取ることが王国には出来たはずですわ! 政治も外交もアタクシが中央にいたころよりも大きく劣化しているとしか思えません!」
「つまりお前ならこんなヘマをしないとういうことか。たいした自信だな、グリモ!」
アリスと男爵は突然戦争論議に火花を散らし始めた。
今はそんなことで言い争いをしている場合ではないと思うが――
しかしこのグリモ男爵、下ネタ大好きのおちゃらけたオネエな貴族にしか見えなかったけれど、実は案外、国の将来を真剣に考える真面目で優秀な人なのかもしれない。
「何よりも――」
と、男爵は語気を強めて言った。
「戦争は多くの犠牲者を出すことをお忘れなく。勝敗の裏で決まって泣くのは、か弱い子供や女たちです! まったく男って生き物は! 暴力的で乱暴で! ホントにやんなっちゃいますわ!」
「バカ! それを私に言ってどうする!」
アリスが当たり前の反論をする。
「私は女だ!」
さらに付け加えれば、男爵、あなたの性別は男でしょう!
――という突っ込みもできないくらい、場の空気はピリピリしてしまっていた。
そんな険悪な雰囲気の中、シスターマリアがぽつりとつぶやいた。
「この部屋の中にも、戦争の犠牲者が一人……」
「なんだと!」
それを聞いたアリスの顔色が、さっと青ざめる。
「まさか! シスター、中に入るぞ!」
アリスが男爵を押しのけ癒しの部屋の中に飛び込むと、次の瞬間――
「キャ――――――」
尋常ではない女の人の叫び声が聞こえた。
びっくりして、僕も慌て部屋に入る。
そこで僕が見たものとは……。
父であるヴィクトル将軍を惨殺され、自身も逃げる際に瀕死の重傷を負い、その心的外傷から精神が完全に崩壊してしまった女騎士、ティルファの変わり果てた姿だった。




