(5)
お城の中はとにかく広く入り組んだ構造をしており、上下左右が廊下、階段、広間などで複雑に繋がり合っていた。
さらに部屋ごとに「風の部屋」「海の部屋」「天の広間」などと名前が付けられ、それぞれその名にちなんだ個性的かつ贅を尽くした内装が施されていた。
デュロワ城はあたかも男爵の作り上げた夢幻の迷宮。
見て回っているだけで、人を夢見心地のふわふわ気分にさせてしまうのだ。
そして――
城内に入ってからいったいどれくらい時間がたったのか、またどの経路をどう来たのかまったく分からなくなってきたころ、唐突に男爵が一つの部屋の前で立ち止まった。
「さあ、ここですわ。ここは癒しの部屋――アタシが安らぎの間と呼んでいる空間です」
男爵はそう言うと、薄茶の木製の扉をノックし、中に呼びかけた。
「シスターマリア、薬を持ってきたので入っていい?」
え!?
シスターマリア?
ってまさか――
「少々お待ちください」
と、やさしげな声がしたあと、扉が静かに開いた。
「待たせたわね。はい、これが薬師から取り寄せた薬よ」
「男爵様、こんな遅くに申し訳ありませんでした。でも、ティルファ様がお暴れになってどうにも手が付けられないのです」
そう言いながら部屋の中から出てきて薬を受け取ったのは、昼間コボルト兵に襲われる寸前に戦場から脱出した、紫の髪を持つシスターマリアだった。
――ここでも、再会か。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「まあ、アリス様ではございませんか! それにユウトさんも! なぜデュロワ城へ!?」
シスターマリアは男爵の後ろに立っている僕とアリスに気づき、目を丸くした。
「いきさつを尋ねたいのは私の方だ、シスターマリア!」
と、アリスも驚いて言い返す。
「てっきりコノート城まで逃げおおせたとばかり思っていたのだが」
「それが……あのトマスさんという体の大きな兵士さんが護衛してくださった間はよかったのですが――」
話によると、シスターと負傷した女騎士ティルファを乗せた武装馬車はトマスと別れた後、コノート城とまであとわずかという地点までたどり着いたという。
ところがそこで見たのは、城を取り囲むおびただしい数のコボルト兵たちの姿だったというのだ。
「よもやコノートまでに敵の手が回っているとは……。これはもう王国の一地方で起きた反乱とは言えない規模だな」
事態の予想以上の深刻さに、アリスの顔の険しさが増す。
シスターマリアがそれに相づちを打って答えた。
「おっしゃる通りですアリス様。この度の戦、もはやイーザという一部族が起こした反乱で片付けられる話ではありません」
「おそらく背後でもっと大きな力が動いているかと」
「……ゴートか」
どうやらアリスも、裏で糸を引いているゴート帝国の存在に気付いたようだ。
そういえば森の中でヒルダと戦っている間アリスは気を失っていた。
だからヒルダがゴートの手先だということも、アリスは知らないのだ。
そこら辺の経緯を、後でアリスに説明しなくては。
「それはともかく――」
アリスがシスターマリアに続いて訊いた。
「シスターたちはどうやってこのデュロワ城に辿りついたのだ? ここは王国領土の果ての果てだぞ」
「ええ、アリス様。その後私たちは急ぎコノート城から離れましたが、途中で何度か敵の襲撃にあい完全に道を失ってしまいた。ところが、この地域一帯は私の所属する教会の教区。私自身、過去に近隣の町を訪れたことがあって土地勘があったのです」
「そうか。それはまた幸運だったな」
「はい、すべては神の御導きだと思っております。その上で困っている私たちを助けて下さったグリモ男爵様には感謝の言葉もありません。――あの、それで、アリス様はいったいあれからどうなされたのですか? 他の皆さまはご無事でしょうか?」
「いや、残念だが……」
アリスが力のない声で、自嘲気味に言う。
「あの後イーザ側と大規模な戦闘が起こり、数えきれないほどの犠牲を出し、さらに多くの仲間を敵中に残してきてしまった。つまり私だけが命からがらこの城へ逃げ延びたというわけだ。まったく不甲斐ない。王の名代としては完全に失格だな」
「ふーん、そういうことだったの」
と、そこで、二人の会話を黙って聞いていた男爵が、苛立って口を挟んだ。
「シスターは何も話してはくれなかったけれど、だいたいの事情は呑み込めたわ。やっぱり戦い――戦争なのね!」