(4)
「ではグリモ、城の中で話の続きを聞こうか。――ユウト、すまないがもう少し付き合ってくれ」
アリスはそう言って、グリモ男爵と共に城内に入っていった。
リナをこの場に残していくのは気が引けるが、アリスの命令とあっては従うしかない。
それに少し時間を置いた方が、二人にとってもいいのかもしれない。
僕は肩を落とすリナに向かって、“大丈夫、心配しないで”と目くばせをし、城の中に入った。
途端に、目もくらむような不思議な赤の世界に包まれた。
「な、なんですか、ここ……!」
驚いてつい叫んでしまった。
というのも、入り口を入ってすぐのだだっ広い大広間が朱に染まっていたからだ。
「オホホ、ここは“バラの間”。愛の城、第一舞台にふさわしい場所ですわ!」
と、男爵が自慢げに言う。
大広間が真っ赤に染まって見えたのは、壁と床一面に本物の赤いバラが大量に飾ってあるからなのだった。
しかもよく見ると柱や天井の装飾までバラの花で統一されている。
ここまで徹底されると、もはや趣味がいい悪いの問題ではない。
完全なる“男爵の世界”なのだ
が、アリスはさして驚きもせず、そっけなく言った。
「ずいぶんと派手だな。それに大金がかかっている」
「ええ、その通りですわ。廃城寸前のお城をここまでに仕上げるには本当に大変で、それなりのモノと時間がかかっております。でも誤解しないでくださいませ。これらはすべてアタシの稼ぎで成したことですから」
グリモ男爵は最後のセリフを殊さら強調して言った。
そういえば、男爵がこの辺境のデュロワ城に追放されたのは、ロードラント王国の税収をちゃっかり横領し私腹を肥やしたためなのだ。
でも、男爵がそんな犯罪行為に手を染めるような人には――
僕はどうしても信じられなくて、男爵の顔をちらりと見た。
すると男爵は僕の視線に敏感に反応し、恋に恥じらう乙女のように両ほほに手を当てた。
「まあ、やだわ! いくらアタシの顔が美しいからって、そんなに見つめちゃいろいろ誤解しちゃうじゃないの! ――えーと、ところであなたのお名前は?」
「ユ、ユウトです」
「ユウちゃん、って言うのね。素性は知らないけれどアリス様のお付きの人なのかしら? ふーん、よく見るとカワイイ顔をしてるし性格も悪くなさそう。残念ねぇ、アタシがもうちょっと若かったら……」
「あ、あの!」
話がおかしな方向に逸れそうなので、僕はあわてて聞き返した。
「アリス様と、グリモ様はいったいどういったご関係なのでしょうか?」
「うーん、そうだな――正式ではない、裏の家庭教師みたいなものだ」
と、アリスが答えた。
「難解な学問に限らず、文学に歴史科学に音楽、果ては怪しい遊戯まで、グリモは幼い私にさまざまなことを教えてくれた。杓子定規で堅物ばかりの教育係どもの目を盗んで、こっそりとな」
「アタシはアリス様が子供のころから一目も二目も置いていましたからね。王国を継ぐのはこの方しかいない、それには膨大な知識と幅広い視野が必要。そう思って教えられることはすべてお教えしたつもりです」
「そのことについては今でも感謝している。――が、長い昔話はそれぐらいにしておこう。それよりさっきの病人の話はどうなったのだ」
「あら、そうでしたわね。ではこちらにどうぞ。アリス様にはそのご病気の方に実際会っていただき、それから事情をご説明いたしますわ」
僕とアリスは男爵に導かれるまま、バラの間を抜ける。