(3)
アリスは落ち込むマティアスを捨て置き、そんな男爵に歩み寄った。
「すまぬグリモ。お前の歌と踊り、なかなか愉快だったぞ。それで一気に目が覚めた」
「あら、アリス様ったらお人が悪い! 最初から見ていらしたのならお声をかけてくださればよかったのに!」
「いや、黙って眺めていた方が面白いと思ってな」
アリスは笑って言った。
「しかし、まさかマティアスとグリモが昔、そんな深い関係にあるとは思わなかったぞ」
「見栄っ張りですから、この人。男同士で付き合う、っていうのが騎士の沽券にかかわると思っているのです。出世にひびくと思っているのです」
「それは違うぞ、マティアス。男爵がさっき言っていた通り恋愛は自由。お互い好き合えばそこに男も女も関係ないだろう。だからお前の相手がたとえ男でも私は大いに結構なことだと思う」
「さすがアリス様! お心が広いわ! それにくらべそっちの偽の王女様ときたら……アタシたちをほとんど異常者扱いして」
そう言って男爵は今度はリナをじろりとにらんだ。
リナが下を向いて小声で謝る。
「ス、スミマセン……」
「もうよいグリモ。お前もリナにずいぶん酷い言葉をかけていたではないか。だからおあいこ、ということで決着しろ」
「あら! それはどうもごめんあそばせ!」
男爵は謝りつつも、リナに向かってベーと舌を出した。
「み、見ましたか! ユウトさん!今、あの人ベロを出しましたよ、ベロを。こっちが悪いと思って謝ったのに、なんなんですか、もう!」
リナは男爵の態度に憤慨して、僕に八つ当たりする。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ああ、それにしてもなんてバカバカしい騒動だったんだ。
いい加減、デュロワ城の中に入って少し休みたい……。
おそらく誰もがそう感じていた時、タイミングよくアリスが男爵に尋ねた。
「ところでグリモ、こんな夜更けにわざわざ急ぎ戻ってきた騎士たちのことだが、薬師から薬を調達してきたと言っていたな。ということは、誰か急病人でも出たのか?」
「ええ、それは……」
男爵の顔が曇る。
「事情はお城の中に入ってからお話しますわ」
「ああ、そうだな。そうさせてもらおう」
「ではアリス様、みなさま、こちらへ。ロードラントの王宮とは比べものにならないみすぼらしさですが、精一杯おもてなしいたします。――ようこそ、我が愛の城へ!」
……やれやれ、ようやく入城できるのか。
僕たちはアリスを先頭にして長い跳ね橋を渡り切って、城門をくぐり抜けた。
すると景色は一変し――
目の前に美しい幾何学式の中庭が忽然と広がった。
そしてその先にはおとぎ話に出てきそうなとんがり屋根のデュロワ城。
向かって右側には石造りの高い塔、左側には二階建ての煉瓦造りの別棟が見えた。
「なかなか出来のいい庭園だな。昼間見たらさぞ美しかろう」
アリスは辺りをサッと見回してから言った。
「グリモ、厩舎はどこにあるか?」
「右手にある塔の裏側ですわ。よければみなさまの馬はそこにお連れ下さい」
「では竜騎士たち、馬をまず厩舎に引け。その後は各自で休息を取ってほしい。グリモ、すまぬが用意を頼む」
「すぐにお部屋をご用意させますわ。それと落ち込んじゃってるマティアスちゃんの世話もアタシにお任せを。昔のよしみってやつね」
男爵が笑みをこぼし、すっかり腑抜けてしまったマティアスを軽くハグした。
なんだかんだ言いながらも結局、かつての恋人と再会できて満更でもないのだ。
「それがいい。――そうだ、リナはマティアスに付き添ってやってくれ」
と、アリスがリナに言った。
「しかし私はアリス様と――」
「必要ない。私はユウトと一緒だから案ずるな」
「……承知しました」
アリスの今までにない冷たい態度に、リナはおずおずと引き下がった。
やっぱりアリスは、リナがレーモンとマティアスの言いつけに従って自分の影武者を務めたことに腹を立てているのだ。
このことをきっかけに、二人の友情にひびが入らなければいいが……。