(2)
でも――
あ、あれ!?
「ユウトさん、あの人たち、味方です!」
リナが指をさして言った。
「ロードラントの紋章が見えます!」
リナの指摘の通りだった。
騎士たちが身に付けている武器防具は、見なれたロードラント王国の紋章が刻まれていたのだ。
騎士たちは僕たちの手前で馬を止め、跳ね橋の上のグリモ男爵に向かって叫んだ。
「グリモ様! ご命令通り薬師アルテリオスから眠りの霊薬を手に入れてまいりました」
「あら、ごくろうさま! 夜も遅いのに悪かったわね。ゆっくり休んで頂戴!」
そのやり取りから推測するに、彼らはどうやら城に詰めている騎士たちらしい。
ん? これはいったいどういうことだ。
と、不可解に思っていると――
マティアスが全身に怒りをみなぎらせながら、むくりと立ち上がった。
「グ―リーモー!! 貴様っ! さては初めから全部知っていたな! 許さん! 許さんぞ!!」
「キャー!」
男爵が悲鳴を上げる。
「コワい、コワいわ! マティアスちゃん許して! 冗談よ。これは冗談なのよ!」
だがマティアスは、跳ね橋が降りるやいなや男爵に躍りかかったのだった。
男爵は急いで城内に逃げ込もうとしたが、マティアスは男爵の首根っこをつかまえ、さらに両手を首に回しギュッと締め上げてしまった
「殺す! 殺してやる!」
「く、苦しいわマティアス! 止めて! 息ができない! 激しく責められるのは嫌いじゃないけど、首絞めプレイはちょっと――」
「ふ、ふざけるなっ! グリモ!」
まさか本気で絞め殺そうとしているのではないだろうが、男爵は白目を剥いて本気で苦しがっている。
それを見たアリスは苦笑いし、後ろに控えている竜騎士たちに向かって言った。
「おい、お前たち、さっさとマティアスをグリモから引き離せ。今のマティアスなら本当にやりかねんぞ」
「は、はいっ!!」
竜騎士たちは冷静なマティアスのあまりの変貌ぶりに戸惑いながらも、大慌てで跳ね橋を渡り、二人を引きはがした。
「離せ! この男だけは許せん!」
数名がかりで押さえつけられても、なお暴れ、男爵に取っ組みかかろうとするマティアス。
そんなマティアスに、アリスは悠々と声をかけた。
「見苦しいぞ、マティアス!」
「……アリス様! ですがアリス様がどうおっしゃられようともこの男だけは! 騎士の名誉これほどまでに傷つけられては黙ってはいられません!」
「主君の命令に背いておいて、なにが騎士の名誉か!」
アリスは表情を一変させ、マティアスをしかりつけた。
「私は何度も言ったはずだぞ。我が兵を戦場に置き去りにして自分だけ助かることはあり得ないと! いいか、マティアス。私の身の安全を心配するにしても、レーモンとお前のしたことは度を越していた!」
「……そ、それは」
「もういい! 起きてしまったことを責めても仕方がないからな。――だがグリモのことは恨むなよ。グリモは天に代わってお前に罰を下してくれたのだ」
「お、お待ちください、アリス様! グリモはイーザ兵の追撃が迫っている可能性を知りながら我々城内に入れることを拒んだのですぞ! もし本当に追ってきたのが奴らだったら、今ごろ我々は――」
「それはお前の注意不足だ、マティアス」
と、アリスは首を振った。
「私は騎士たちの姿が見えないうちから味方だと気付いていた。むろんグリモもそうだ」
「え!?」
「あの馬の鳴き声、そしてあのリズミカルな蹄の音。あれは王国のロアール産馬特有のものだ。イーザの乗る野生馬のそれとはまったく違う。竜騎士団副官ともあろうものがそんなことも判断つかなかったのか」
「その点は……申し開きのしようがありません」
完膚なきまでにアリスにやり込められ、マティアスはがっくりとうなだれる。
「ほらみなさい! アリス様はぜーんぶお見通しでいらっしゃる。――それにしてもやーね、もう! せっかくの一張羅が台無しじゃない!」
男爵はマティアスにちくちく言いながら、自分の金ぴかな衣装の乱れを直し始めたのだった。