(11)
「ほらあ、そんな顔しないで。今度の問題は簡単だ・か・ら」
うなだれるマティアスに男爵がやさしく声をかける。
「さて第三問! 希代の美食家としても有名なアタクシ、グリモ男爵がこの世で最も好きな食べ物は――」
「おおっ! それは覚えているぞ!」
マティアスは顔をガバッと上げ叫んだ。
「クロミス! クロミスの塩焼きだ! クロミスの腹を裂き、開いて軽く塩をふって炭火で炙り焼きにする。その焼き立てのクロミスがいかに旨いか、昔、お前はたびたび熱弁していたよな!」
クロミス……。
なんだろう、それ?
マティアスの話によると、どうやら魚らしいが。
なにやら異世界の食べ物っぽい響きはある。
「はい“クロミスの塩焼き”それで正解――」
男爵はうなずき、続けて言った。
「――ですが、ではこの世でもっとも嫌いな食べ物は何でしょう、か?」
「なにぃ? 嫌いな食い物だと!」
「んふふ。それももちろん当然覚えているわよね、我が相棒! 」
「くっ! ええい待ってろ! いま思い出してやる」
マティアスは必死に記憶を手繰ろうと、髪をかきむしり、頭をぶるぶる振るわせる。
……が、ダメらしい。
苦悶の表情を浮かべ、その場にしゃがみ込んでしまった。
と、その時――
背後から複数の馬のいななきがした。
それだけではない。
馬が地面を蹴る蹄のリズミカルな振動が、遠くの方から伝わってきた。
まだ姿は見えないが、音は次第にこちらに近づいてくるのが僕の耳にもはっきり分かった。
間違いない。
いよいよイーザ騎兵が僕たちに迫ってきたのだ。
「マティアスさん、早く思い出してください! 敵がすぐそこまで来ていますよ!」
リナが叫び、マティアスの体を揺する。
「無理だ! そこだけ記憶が抜け落ちているのだ!」
マティアスが絶叫した。
「ホホホホホ! マティアス、思い出せないの? ホント残念ねぇ」
と、男爵は高らかに笑う。
万事休す! ここまでか。
僕もリナもマティアスも覚悟を決めたその時――
凛然と透き通る声がデュロワ城に響いた。
「いい加減勘弁してやれ! グリモ!」
そこに立っていたのは、ようやく眠りから目覚めた本物のアリスだった。