(10)
案の条、男爵の顔色がサッと変わった。
リナをにらみ付け、叫ぶ。
「あらまあらまアラマ! 今の発言、ちょっと許せないわねぇ。ニセモノ王女様、もしアンタがお子さまじゃなかったら、ただちに愛の鞭打ち100回の刑に処してるところよ!」
「は、はぁ!?」
「いい? アタシがアンタに教えてあげる。愛ってものに定義はないの! 相手が男であれ女であれ、人を愛し愛されるってことは限りなく尊いことなの! なのにアンタは! まるで変人を見るような目をして! ほんと失礼しちゃう!」
「で、でも……」
リナは男爵に押されタジタジしてる。
「それに男×女でも男×男でも最終的にヤることは一緒よ! そこに大した違いはないわ! あ! 体の構造上、女×女だとちょっとそれをするのは難しいかもしれないけどさ」
そう言って男爵はホホホ、と笑い、リナの顔は熟したリンゴのようにますます赤くなる。
……それにしても下品すぎる。
この男爵、まともな貴族とはとても思えない。
リナに助け船を出してあげたいけど、とても僕の手には負える相手ではなさそうだ。
だけど一方で――
男爵は不思議といやらしい人という感じはしなかった。
陽気なキャラクターと明るい人柄のおかげか?
暴走気味に下ネタを連発しても、さっぱりしていて不快ではないのだ。
「……そこまでにしておけ、グリモ」
が、マティアスは今にも死にそうな顔をして言った。
「リナ殿にそれ以上恥ずかしい思いをさせるな」
「あら、マティアス、観念して答える気になった?」
「……ナナジュウニカイ、だ」
「ダメよ。声が小さくて聞こえない」
「七十二回だ!」
男爵にのせられ、マティアスは必要以上に大声を上げてしまう。
「まあ!」
それを聞いた男爵の顔に、パッと喜色があふれた。
「ちゃーんと覚えておいてくれたのね! ウレシイ! うれしすぎるわ! 几帳面なその性格、変わってないみたい!」
敵がすぐそこまで迫っているというのに、いったい僕たちは何をやっているんだろう……。
ヒルダと戦った時のような絶望感こそなかったが、それでもかなりまずい状況であることに変わりはない。
とにかく男爵のペースに巻き込まれないで、自分を保とう。
落ち着いて交渉すれば男爵も話の通じない相手ではないはずだと、一瞬目をつぶり深呼吸をすると――
「あ、あの……ユウトさん」
リナが僕の肩をつっつき、恥ずかしそうに小声で訊く。
「その、ですね……普通――あの回数、まで記憶しているものでしょうか?」
「は!?」
「私、す、すごく疑問なんですけど……」
――気になるのはそこかよ!!
と、つい突っ込みたくなったが、いやいや、それもこれもみんなこのエロ男爵に感化されたせいだ。決してリナが悪いわけじゃない。
そう思って、とにかく僕は作り笑いをして誤魔化すことにした。
「さ、さあ……? 僕にもそれは……」
だが、男爵は地獄耳の持ち主だったらしい。
リナの発言に、大きな紅い唇をニヤッとさせ言った。
「あら、お嬢ちゃん。アンタは経験ないからわからならいのね! あのね、アタシとマティアスが愛し合っていたのって士官学校時代から四年の間なんだけど、それで七十二回ってのは確かにちょっと少ないわよねぇ?」
「し、知りません! そんなこと」
「それはね、士官学校時代は全員宿舎暮らし。休日は少ないし常に他人の目があって、なかなか二人きりになれなかったの。でも、だからこそ機会があればお互い激しく求めあって――ね、理解できるでしょ? 一回一回がとっても濃ーい時間だからすべて! ちゃんと! クッキリハッキリ覚えているのよ!」
男爵はつぶらな瞳でぱちっとウインクをした。
「――あ、そういえばマティアス、回数はそれであってるけど、一度未遂があったわよね。真夏の燃えるような暑い日、たまたま教室で二人っきりになって色々始めたところでお邪魔虫の教官が――」
「わーーーーー!!! わーーーーー!!!」
耐えきれなくなったマティアスが大声を出し、男爵の口を封じる。
「もういい! もういいだろう! グリモ、質問に答えたんだからさっさと城内に入れろ!!」
ハイオークとシャノンに二度も殺されかけたと思ったら、今度はみんなの前で過去を晒され公開処刑。
竜騎士として、また軍の副官として、マティアスは自分の任務をまっとうしようとしているだけなのに、どうしてこうも続けて悲惨な目に合い続けてしまうのか……。
しかし、マティアスの悪夢はまだ終わらない。
「あら、ごめんなさい。しつこくして嫌われるのはアタシの本意ではないわ」
素直にマティアスに謝る男爵。
が、その顔はちっとも申し訳なさそうではなかった。
そして案の定……。
「じゃあ気を取り直して最後の問題ね!」
――まだやるのかよ!
ゲッソリとやつれたマティアスの顔を見て、さすがに同情してしまう。